EP 5
論破ゲーム! 村の守り神『ネギオ』との遭遇
「――おい。俺のシマ(畑)で、勝手に素人をスカウトしてんじゃねぇぞ」
巨大な太陽芋の葉をかき分け、紫色の煙と共に現れたその姿に、僕たちは息を呑んだ(色んな意味で)。
背丈は人間と同じくらい。だが、その体は鋼鉄のような樹皮で覆われている。
頭には農家特有の麦わら帽子を深々と被り、口には太い『ポポロシガー』。そして右手には、緑と白のグラデーションが眩しい、異常な魔力を放つ長ネギ――いや、聖剣『ネギカリバー』が握られていた。
「ひぃっ! ネ、ネギオ様! こ、このお方たちは怪しい者では……!」
先ほどの農家のおじさんが、恐縮しきってペコペコと頭を下げる。
「ネギオ……? なによあの、世界樹の兵器が農家のコスプレしたみたいなヤツは」
ライザが愛剣の柄に手をかけながら、胡乱な目を向ける。
「おいそこの金髪の姉ちゃん、聞こえてるぞ。コスプレじゃねぇ、これが俺の『正装』だ。……お前ら、都会のモヤシみてぇなツラして、このポポロ村で土を弄ろうってのか?」
ネギオはポポロシガーの煙をフゥーッと吐き出しながら、僕たちを小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「モ、モヤシ……!? 私、結構筋肉には自信あるんですけど……!」
サリーがムキになって細い腕の力こぶを作ろうとする。
「タロウ、あいつムカつくわね。燃やしていい?」
ズボンを引き上げ終わったルチアナが、ストゼロ片手に凄んでいる。
「まぁまぁ。……初めまして、ネギオさん。僕はタロウ。ちょっとこの村で、スローライフ農業をやりたいなと思ってね」
僕は愛想笑いを浮かべながら前に出た。
ネギオは僕をジロリと見定めると、手に持ったネギカリバーを地面に突き立てた。
「ふん。農業を舐めるなよ、若造。土の声を聞き、天候を読み、生命を育む。それは究極の『知能戦』だ。お前みたいなポッと出の素人に、この村の神聖な土は触らせねぇ」
「そこをなんとか」
「……どうしてもやりてぇってなら、俺の『試練』を受けろ。毎朝この村の農家たちが挑んでいる、神聖なる『論破・説法ゲーム』だ。これに勝てば、お前を農家として認め、この最高級食材である『ネギカリバー(食用部分)』を分けてやろう」
「論破ゲーム、ね」
僕は少しだけ口角を上げた。
肉体労働や魔法の打ち合いなら分が悪いかもしれないが、『論理パズル』や『口喧嘩』なら、地球のネット社会で揉まれた現代日本人を舐めない方がいい。
「いいよ。受けて立つ」
「威勢がいいな。じゃあ第一問だ」
ネギオは麦わら帽子のツバをクイッと上げ、鋭い眼光を放った。
「人間は自然を切り拓き、土から養分を奪って作物を育てる。つまり、農業とは『自然に対する略奪』であり、人間は星に寄生する『害虫』だ。お前は、そんな略奪行為を『スローライフ』という耳障りのいい言葉で正当化するのか? 答えろ」
おお、いきなりスケールのデカい環境倫理学をぶつけてきた。
これに対して「人間も自然の一部だ」とか「感謝して食べている」みたいな感情論で返せば、一瞬で論破されるだろう。
僕はスッと息を吸い込み、真顔でネギオの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「いや、それってネギオさんの『感想』ですよね? なんかそういう、人間が害虫だっていう客観的なデータあるんですか?」
「……は?」
ネギオが、ポポロシガーを落としそうになった。
「いや、だってそうじゃないですか。人間が養分を奪うって言いますけど、畑に肥料を撒いて循環させてる時点で『略奪』じゃなくて『等価交換』ですよね。嘘つくのやめてもらっていいですか?」
「なっ……! 人間が撒く肥料など、自然のサイクルから見れば不純物であり……!」
「じゃあ聞きますけど」
僕はネギオの言葉を食い気味に遮った。
「ネギオさん、さっきから『人間は星に寄生する害虫』って言ってますけど、世界樹の魔力を吸って動いてるアンタも、システム的には世界樹への『寄生虫』ですよね? なのに人間だけを害虫扱いするって、ダブスタ(ダブルスタンダード)じゃないですか?」
「ぐっ……! お、俺は世界樹の端末であり、共生関係を築いて……!」
「『共生関係』って、世界樹側がそう言ったんですか? それともネギオさんが勝手にそう思い込んでるだけですか?」
「そ、それは……世界樹の意志が……」
「さらに言うとですね」
僕は容赦なく畳み掛けた。
「さっきから『自然のまま』みたいな事言ってますけど、アンタが咥えてるその『ポポロシガー』。それ、葉っぱを収穫して、人工的に乾燥させて、発酵させて、人間が作った紙で巻いた、ゴリゴリの『人工加工品』ですよね」
「…………ッ!!」
ネギオの樹皮の顔に、明らかな動揺(冷や汗?)が浮かんだ。
「自然を愛してるなら、なんで加工品嗜んでるんですか? その辺の葉っぱちぎって直食いすればいいじゃないですか。『俺だけは特別』みたいな態度は、論理的におかしくないですか? はい、論破」
しぃぃぃん……。
広大な畑に、風の音だけが空しく吹き抜けた。
「…………ウ、ウソだろ……」
農家のおじさんが、震える声で呟いた。
「あ、あの口喧嘩無敗のネギオ様が……手も足も出ずに、完全に論破されちまった……!」
「……っ、ふざけんな! まだだ! 次の哲学問答は……!」
「いや、もう答え出てるじゃないですか。ネギオさんが論理破綻してるって」
僕がダメ押しでそう言うと、ネギオはガクンと膝から崩れ落ち、地面に手をついた。
「……負けた。……俺の、完全敗北だ……」
麦わら帽子がポロッと落ち、ネギオの肩が震えている。
地球のネット掲示板仕込みの『ひろゆき的ディベート戦術(相手の前提をひたすら崩す)』は、異世界の知識人にも特効だったらしい。
「タロウ……あなた、本当に性格悪いわね」
ライザがドン引きした顔で僕を見ているが、勝ちは勝ちだ。
「さぁ、約束通り、その『ネギカリバー』の食用部分をもらおうか」
僕が手を差し出すと、ネギオはゆっくりと立ち上がり、手にしていたネギカリバーをスパンッ!と半分に叩き切って手渡してきた(※切られたネギカリバーは数秒でニョキニョキと元の長さに再生した)。
「……持っていきな。あんたみたいな口の減らねぇ素人は初めてだ。ポポロ村の畑は、あんたたちに解放してやるよ」
「ありがとう。……なんだ、意外と素直でいい奴じゃないか」
僕がネギを受け取って笑いかけると、ネギオの目に、何やら怪しげな『尊敬と親愛』の光が宿った。
「ああ、あんたは特別だ。俺の理屈を真正面から叩き潰した、初めての男だからな……!」
ネギオは急にモジモジし始め、樹皮の頬を(なぜか)赤く染めた。
「こ、これは俺からの……最高の『親愛の証』だ! 受け取ってくれ、タロウ!!」
バッ! とネギオが背を向け、四つん這いのような妙な体勢をとった。
そして、彼のお尻のあたりから、謎の黄金色に輝く液体――『ロイヤル皇帝カンチョウ液』が、凄まじい勢いで僕に向かって射出されようと――。
「全力で辞退するッ!! 賢者君、絶対防御(A.T.フィールド)展開!!」
『ピピッ! 防御障壁、最大出力!!』
バチィィィィンッッ!!!
僕の目の前に展開された100均の『透明アクリル板(魔力強化済み)』が、間一髪で黄金のカンチョウ液を防ぎ切った。
もし直撃していれば、健康体になると引き換えに、僕の人間としての尊厳が完全に失われていたところだ。
「チッ……ガードされたか。照れ屋な奴め」
ネギオが残念そうに舌打ちをする。
「誰が照れ屋か! 農家のスキンシップが過激すぎるだろ!」
ともあれ。
論破ゲームを制し、最強の食材とポポロ村の農地の使用権を手に入れた僕たち。
「よし! 次はいよいよ、100均チートを使った『スローライフ開拓村』のスタートだ!」
僕はまだカンチョウ液の恐怖で少し震える足を叩きながら、広大な農地に向けて拳を突き上げた。




