第五十七章
「へ、へへへへ」コリーが安心したように、口を開く。
「なんだ、あんた、大したこと無いな……オレから身ぐるみ剥ごうって考えているようだが、オレを狙ったのが間違いだぜ」
彼は自分自身を、親指で指した。
「オレを知っているか? コリー様だ……あの英雄、アレクシスの首を刎ねた、へへへ」
コリーは何がおかしいのか、肩を大きく震わす。
「あいつは最高だったな。わざと背中に最初、入れてやった……そしたら血がマグマのように……」
ルナの額から血の気が、あらゆる温度が消えた。
彼女に流れる全ての血液が、そこで沸点を迎え、体内で爆発する。
「……ありがとう、ございます」
ルナは丁寧に礼を言った。
「ほんとうに、ほんとうに……ありがとうございます」
凄絶に、残酷に、冷酷に、殺意のまま礼を述べた。
もうあんなに胸の中で囁いていたダンの儚げな姿は、どこにもいなくなっていた。
ルナの放った凄まじい殺気で、彼らの近くで這っていたネズミが恐慌を来たし、逃げ出す。
自分が有利だと勘違いしているコリーは、気づいていない。
「うるせえっ!」
コリーのナイフの切っ先が、彼女に走る。
だが片手で簡単に、ルナはその手首を抑え、外へと方向を変える。
そして飛びこんだ。コリーの懐の中だ。
「う、ぐっ」彼が苦痛の声を漏らす。
ルナの針はコリーの脇腹を、深々と貫いていた。
「うわあっ!」
コリーが腰が抜けたように、その場に崩れる。
「いてえ……いてえ、いてえ!」
彼は衣服を泥だらけにしながら、地面を転がった。
ルナは極低温の目で、それを眺めている。
急所は狙っていない。だからコリーはまだ死んでいない。
ただ、針の毒が回り、コリーは苦しみ出す。
「うう、ううう」彼は呻き出す。
「頼む、助けてくれ……頼む……分かった、金は渡す、だから……」
コリーは涙を流しながら、ルナを見上げた。
血にまみれるコリーだが、それはわざとだった。
ルナは彼を一撃で殺そうとは思わなかった。
アレクシスがそうだったのだ。
毒が効き、苦しくなって来たのか、コリーの呼吸が荒くなる。
「……頼む。命だけは勘弁してくれ……オレには、オレには息子がいるんだ、だから……」
「兄様には私がいた!」
ルナは長い針をコリーの眉間に突き刺した。
ばたり、と不意に力を失ったコリーの腕が、落ちる。
はあはあ、としばらくその場で息を整えていたルナは、コリーの衣服に手を伸ばすと、探る。
すぐに見つけた。
彼女がわざと置いていったのをコリーが拾い、勝手に使っていた、貨幣が入った革袋だ。
「使い出があったろ? これは私が侍女として働いた給金だ」
ルナはそれを回収し、言い残すと、さっと離脱した。




