第四十六章
ウィルは白い紙を出して、何かさらさらと書き始める。
「これの値段だが、いくらが良い? 君の言い値を払うよ」
「何ですか? それ」
「これは小切手だ。まだ我が国でしか扱ってはいないだろうか、これを銀行に持っていけば、お金と見なされ、かなりの額を受け取れる。君が欲しいだけ」
「…………」
ルナはしばらくウィルの、森の奥地にある湖のような、静謐な青い瞳を見つめた。
「ウィル様は誰なのですか?」
彼女はややあって口を開いた。
「その携帯用の筆記用具……しかもペン先は金属です。それに小切手、馬車に護衛の方、アイリス姫の縫いぐるみも知っている……普通の貴族だとは思えません」
ようやくここでウィルは笑みを見せる。ただそれは酷く弱々しい。
「僕は貴族の道楽息子だ。アイリス姫とは兄妹のようなものさ」
「そうですか……では、どこかの貴族にダンさんの後見人になって欲しいのです。さっきの子たちの一人ダンさん。勉強をしたがっていました。それからブリスさんと、コームさん、ゲルトさんは軍隊の幼年学校に入れてあげてください。その全ての費用が、その縫いぐるみの代金です」
「君は……」
ウィルは絶句する。
「君は、なにも欲しくないのか?」
「私は」とルナは苦笑した。
「私に欲しいものはありません。今のままで十分です。しかし未来ある若者たちが、貧困で潰れるのは見たくありません」
本当はあのゴミ山でゴミを漁っているもの全てを助けたい、と思うルナだが。それは不可能だと知っている。
「君は本当に、宝石も、美味しい食べ物も、邸宅やらもいらないのか?」
何故かウィルはそこに食いついてくる。
「必要ありません。それらは自分で何とかします」
嘘だ。
ルナは刺客なのだ。だからいつ命が失われか分からない。
なのに豪華な食べ物が、大きな家が、きらきらした石が何になるだろう。
もうとっくに、彼女は執着を捨てている。
ただエリディスの王族を殺し尽くすため、兄、王子アレクシスの仇を討つため……それにしか彼女の興味はないのだ。
「そうか」とウィルは項垂れる。
「わかった。彼らについては僕に任せてくれ……ルナ」
「はい」
「アイリス姫のために骨を折ってくれてありがとう」
ウィルは輝くように笑った。
ここで、ルナは一瞬閃くように、疑問を持った。
──ウィル、ウィルフレッド……。




