第三十七章
朝の勤めが終わり昼食を摂り、午後になっていた。
暖かな日差しを窓から浴びながら、ルナはアイリス姫がうっかり忘れた、礼拝の際首から下げるペンダントを取りに、宮殿の廊下を歩いていた。
ふと、何か気になり立ち止まる。
日が彼女に当たり、身体の温度が上がっていた。
二日の徹夜の影響が、鉛の重しのように四肢に絡みついている。
日だまりの中に、兄を見た気がした。
だがそれは夢だ。
それより、ダンの父コリーを殺さなければならない。
コリーが死ねばダンはどうなるのだろうか……。
ダンは不幸になるのだろうか…………。
何もかもが白熱し、消えていく。
「おいっ」
と彼女はウィルにより呼ばれて、はっと瞼を開いた。
目を瞬かせる。
間近にふわりとした金色の髪と整った顔があり、アイスブルーの双眸が彼女に向いていた。
ウィルの胸に抱かれているのだ。
香水でも使っているのか、彼は匂いは彼女に安らぎを与え、故に戦慄する。
「な、なんですっ!」
ルナは数秒で覚醒して、手を突き出し、ウィルの両腕から逃れた。
「何です、じゃない。今、君は倒れかけたんだよ」
「え?」
「僕が来たときにはふらふらとしてた。廊下でぶっ倒れるのは危険だ、と思って近づいたら案の定だった」
どうやら意識が途切れた所を、ウィルが抱き留めてくれたようだ。
「そうですか……ありがとうございます」
ルナは微笑むが、ウィルの眉間には皺が寄った。
「ずっと言おうと思っていたけれど、君の笑顔は嘘だ」
「はい?」
「そう、その表情だ。君は本当は笑っていない」
ルナの心臓が凍える。
上手く誤魔化していた、と思っていたが、そうでもなかったらしい。
少なくとも、ウィルには見抜かれていた。
「何のことです?」
「僕へ、とは言わないけど、他の皆にそんな顔をするのは良いことではないと思うよ。君の本音が分からないじゃないか」
笑っていろ……彼女にそう命じたのは誰だったか。
父だったか……否、師だ。
ルナに殺人術をたたき込んだ、師の言葉。
『笑っていろ。殺す相手に笑顔を見せろ。そうすれば必ず敵は隙を見せる』
それに従っていた彼女だっが、見破られていたのは痛い。
「君は本当に分からない子だ。笑顔も嘘だし、何をしているかも教えてくれない」
ウィルは何だか拗ねている。
「何もしていませんよ」
「じゃあ、夜はどこに行っているんだ! 昨日も出かけた。しかも帰って来るのは朝方。どこで何をしている?」
ルナは正直面倒になった。
どうしてこの得体の知れないトルヴァドールに、素直に答えなければならないのか。
どうせどこかの貴族の裕福な子弟だ。ルナの気持ちなど分からないだろう。
「何でもないです。ただの私用です」
「僕は君を心配しているんだ」
「私のことは、ウィル様には関係のないことです」
ルナは一度姿勢を正し、ウィルに「危ないところを、ありがとうございました」と告げると歩き出した。
背中に視線を感じるが、無視する。




