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第十八章


「大きな馬車はさすがに出せねえぞ」 


 ゴーチエにはそう釘を刺されていたが、正面玄関で待っていたルナの前に現れたのは、二頭立てのクーペと呼ばれる四輪箱型馬車だった。


 この時間にまだ年若いルナが出かける、とのことでゴーチエが気を回したのだろう。

「ありがとうございます」


 今一度礼を述べながらキャビンに乗り込むと、「良いってことよ」とゴーチエはにやりと笑ってくれた。


「行くぞ」


 ゴーチエが一声かけ、馬車が走り出した。


 ルナは窓に持たれるように暗い外を覗く。


 恐らく高価なオイルを使っているのだろう、明るい馬車ランプが近くにあり、彼女は目を細める。


 ──私は何をやっている……?


 ずっとルナが悩んでいる問題だった。


 アイリス姫の為……しかし彼女は仇の一人だ。


 悲しもうが苦しもうが構わないはずだ。


 もしデイミアンやサイモンならば、逆に彼女を責めてくるだろう。


 皆、エリディス王国の王家により酷い目に遭ったものたちであり、だから刺客なのだ。

 なのに、アイリス姫のために、ルナは随分危ない橋を渡ろうとしている。


 唇を結び、かぶりを振る。


 今はそんな事はどうでも良い、とにかく縫いぐるみを取り返すのだ。


 いつの間にか窓の外の景色は、エンディミオン市のそれとなり、中心部の石畳に達したのだろう、馬車が揺れなくなった。


 ふと、闇の中に浮かぶ光に気づく。


 どこかの建物が明るく光を発していた。


 こんな夜にも開いている所があるのだ。   


「何だろう? 何屋なんだろう?」


 ルナは口にしてみる。


 意識を違う何かに変えたかった。


 実際、彼女はエンディミオン宮殿に来て驚くことが、実は多い。


 エンディミオン市もそうだが、ルナが育った場所はエリディス王国の都市部などとは、時代そのものが違うような田舎であり、それほど外出も好きではなかった彼女は、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。



 エリディス王国は確かに豊かな大国なのだ。



「では、どうしてあんな小さな国が欲しかったの?」


 ルナの心に火の粉が散った。


 この国に比べたら、彼女の故国アルカンド王国など、緑が多いだけの取りに足らない平凡な国だ。



 だがエリディス王国は侵攻した。



 だからアレクシスは自ら先頭に立ち、それを迎え撃った。


 英雄が誕生した。


 だが、謀略の中で英雄は汚名を着せられ処刑された。


 いつの間にかルナは固い拳を作っていた。


「どうしてアルカンド王国を……」


 もし重要な目標であるウィルフレッド王子を見つけたら、殺す前に問うつもりだ。


 あの平和で優しい人が住む国の、何を奪おうとしたのか。


 と、突然の揺れにルナの体が浮いた。


 また舗装されていない道に出たようだ。


 恐らくロドリン地区は近いのだろう。


 そう考えていると、すぐ、馬車は止まった。


「お嬢さん、ここから先がロドリン地区だ」


 ゴーチエが御者台から話しかけてくる。


「だが、やっぱり辞めた方が良い。ロドリン地区は犯罪が多いんだ。夜になると特にだ」


 だがルナは馬車の戸を開いた。


「ありがとうございましたゴーチエさん。ここで結構です」


「おいおい、お嬢さん」


 ゴーチエがため息をつく。


「あんた分かっているのかね。ロドリン地区は貧しいものが多い場所なんだ。だから……」


「大丈夫です」とルナは微笑む。



「私は結構強いんです」



 うーん、とゴーチエはしばし考える。


「じゃあ、これを持っていなさい」


 それは木と金属が組み合わさった鉄の筒、フリントロック式の銃だ。


「いいえ」とぴかぴかに磨かれたクルミ材の銃床部分を手で押さえ、ゴーチエへと返す。


「私にこんな大きな銃は使えません」


「おお、そうか」とゴーチエは懐を探り、今度は握り部分に装飾がある、拳銃を取り出した。


「これならお嬢さんでも何とか使えるだろう」


 だがルナは首を振る。


「私には必要ありません」


「そうはいかん」対してゴーチエもしつこかった。


「あんたのような綺麗な娘さんをこんな場所に一人で行かせるわけにいかん。だがオレも馬車から離れるわけにもいかん。何か護身用の武器を持って行きなさい」


「わかりました」


 ルナは折れた。ゴーチエから拳銃を受け取ると腰に巻くベルトにさし、作り笑顔ではなく、本心からはにかんでみせる。


「ゴーチエさんは優しい方なんですね」


「いいや」ゴーチエは照れたように髭を掻く。


「これくらい当然だろう」


 だがルナは自分がこんなに心配されたのが久しぶりなので、嬉しかった。


 かつては常にアレクシスが、彼女に心を砕いてくれていた。それを今思い出す。


「で、あんたの用事はいつ終わる? オレはどうすればいい」


「……時間は分かりません。ゴーチエさんが危険だと感じたら帰って下さい。私は何とかします」


 馬車ランプを頼りに、ランタンにマッチで火を灯しながら、ルナが答える。 


「そんな訳にはいかん」ゴーチエは辺りを見回し、街角を指す。


「オレは馬車とあそこで待っている。帰る時は声をかけてくれ」


「分かりました」


「気を付けるんだよ」 


 どこまでも不安そうなゴーチエに、敢えて微笑を見せると、ルナは歩き出す。




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