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第十七章


 自分が何をしようとしているのか、良く分からない。


 この気持ちの正体が分からない。


 だが彼女は、一部のシャンデリアにしか光がない夜のエンディミオン宮殿を横断し、厩へと向かった。


 刺客として夜エンディミオン市に赴くとき、ルナたちは厩から馬を盗む。


 それは主にデイミアンの役目であり、理由は宮殿の外国人衛兵である彼には、『密命』を受けた等、見つかった際に言い訳が出来るのだ。


 なにせ、貴族の中には街に住まわせている愛人への言づてを、衛兵らに頼むものもいるので、幾重にも煙に負ける。


 だが今は使えない。


 常套手段というのは、特別な時に使わないと見咎められる機会が増えるのだ。


 だからルナは大人しく馬車を出してもらおうと考えた。


 エンディミオン宮殿の馬車は夜の間にも動けるように、一日中御者が待機していた。


 所謂、救急馬車であり、高位の貴族ではなく、侍医にかかれないものが、夜間に病を発した場合、医師を呼びに行く為に用意されている。だから常はほぼ使われていない。


 ルナは遠い厩を仰ぎながら、案の定煌々とした光りがある部屋の扉を、とんとんとノックした。


 御者たちが詰めている場所だ。


「開いているよ」


 掠れたような返事が帰ってきたので、彼女は扉を開ける。


「おやっ」と寝ずの当番の御者の誰かが眉を上げた。


 木の壁に木の椅子、テーブルと、御者の詰め所はエンディミオン宮とは思えないほど素朴な作りで、そこで起きているものは五人だった。


 ランプの光の下、煙草をふかしているもの、酒を飲んでいるもの、相方とカード勝負をしているものと、それぞれがくつろいでいる。


「どうしたね? お嬢さん」


 突然場違いな娘がやって来たためか、皆の視線がルナに集まった。 


「お願いがあります」


 ルナは静かに切り出す。


「馬車を出していただきたいのです。エンディミオン市まで」


「こりゃあ面白い冗談だ」


 痩せた老人が、カードを丸テーブルに投げ捨てる。


「あんたわしらの仕事を知っているのかね?」


「はい。救急馬車の待機をしている御者さんです」


「では分かるはずだ。わしらは簡単にここを離れられない……それこそいつ貴族様が苦しみ出すか分からないんじゃよ」


 少し口元を歪めつつ、その老人はカードを混ぜ、拾い直す。


「どうしても必要なんです……もしどうしても出来ないのなら、馬を貸して下さい。私は乗馬も出来ます」 


 だが御者たちの動きは緩慢だ。


「お前さんは簡単に言うが、馬は高価なものだ。全て所有しているのは宮殿の貴族様方、わしらが簡単にそうですか、とは言えないんじゃよ」


「お願いします」


 ルナが唇を噛みつつ頼み込むと、御者たちは皆、顔を見合わせる。


「しかしなあ……」


 御者の一人が断りの言葉を紡ぎかけたが、


「何でそんなに馬車が必要なんだ?」


 と酒を飲んでいた赤ら顔で、灰色の髭の男が尋ねて来た。


「大切な方のためです」


 ルナが正直に答えると、男はじっとルナの目を見つめる。


 眼鏡を意識しながら、ルナは緊張した。


 デイミアンによると、彼女の目は『殺人者』のそれらしい。


 この六〇代くらいの御者にばれないだろうか。


「ああわかった」


 男は肩から力を抜いて、頷いた。


「おいゴーチエ、知られたら大目玉だぞ」


 カードを手にした男が呆れたように首を振るが、ゴーチエと呼ばれた御者は酒に栓をしながら立ち上がる。


「良いじゃねえか」と彼は夜に冷えるだろうからか、外套を手にする。


「この娘さんには何か大事な事情があるんだろうよ。今回だけ、大目に見ても良いと思うがね。どうせ暇なんだから」


 ゴーチエは肩をすくめると、ルナに歩み寄る。


「オレはゴーチエだ……だが、あまり遠出は出来ないぞ」


「ルナです。ロドリン地区に行って欲しいんです」


「ロドリン……」


 ゴーチエの顔が曇り、カードの男が呆れたように肩をすくめる。


「おいおい、あんな危険な所に行くのかよ。ゴーチエ、辞めとけよ」


「うるさい。オレは決めたんだ。だがお嬢さん、確かにあんたみたいなものが、夜に出歩く所じゃない。本当に行くのか?」


「はい、お願いします」


「ふむ。ならこいつも必要か」


 ゴーチエは壁に立てかけてある細長い銃を、手に取った。


「だが、ロドリン地区にはさすがにオレも厳しい。その手前で良いかな? 勿論、あんたにも武器を渡す」


「武器はいりません……私も気を付けます。それで大丈夫です」


 ゴーチエの目に驚きが宿る。


「そりゃあ、あんた剛毅だな。よし、ならエンディミオン宮の正面に行きなさい。オレは馬車を用意する」


「分かりました。ありがとうございます」




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