千百九十八話 理由は何?
「少し話はそれるが、本日戦争中、笑い声が聞こえなかったか」
ライホルトの言葉に、リエラとラディア……アッシュは首を傾げた。
「襲いかかって来る人たちの笑い声ぐらいなら」
「そうですね……後は、狂人と呼ばれているであろう方々の笑い声であれば」
「…………僕も、似た様な笑い声なら聞いたと思いますけど……ライホルトさんが言いたいのは、そういう事じゃないんですね」
アッシュの言う通り、ライホルトが戦いの最中であるというのに気になった笑い声は、そういった笑い声ではなかった。
「あぁ……微かに聞こえた声ではあるが、あの笑い声は…………心の底から笑っているように思えた」
「心の底から笑っている……戦いが楽しいとか、強い相手と戦ってるからこそ零れてしまう笑い声、じゃないの?」
「……その可能性もあるかもしれないが……そうではないように感じる」
見下しからくる笑い声。
戦いそのものに楽しさを感じる者や、弱者を殺すことに快楽を感じる狂人もいる。
しかし、ライホルトの耳に微かに届いた声は、心の底から笑っていたとしても、そういった類のものではなかった。
「……………………」
「ドラスさんも、ライホルトさんと同じくその笑い声を聞き取っていたんじゃないですか」
「…………」
笑い声の話になってから、木竜があまり喋らなくなった。
そこまでお喋りというタイプではないが、話し始めたらそれなりに話しはするタイプ。
話しの内容が変わったとはいえ、いきなり口数が減ったどころか無くなった木竜の変化に違和感を感じたアッシュ。
木竜は軽く溜息を吐きながら、観念したように話し始めた。
「そうじゃな、儂もライホルトと同じ様な笑い声を耳にした」
「っ、そうでしたか」
「うむ……ふぅーーーー」
「? どうかされましたか」
「……儂の記憶が正しければ、あれはアラッドの声だったような気がしての」
「「「「…………???」」」」
笑い声の主が、あのアラッドかもしれない。
そんな木竜の予想に、リエラたち三人だけではなく、微かな笑い声を耳にしたと最初に口にしたライホルトまで首を傾げ、困惑の表情を浮かべる。
「彼が、戦場で笑い声を…………むむむ……………………あり得ない、とは言えませんが……それであれば、心の底から笑っている、とは異なる笑い声になるのでは?」
完全にそういったタイプの人ほど極まってはいない。
しかし、そこそこ熱くなれる激しい戦いを好む部分はある。
だが、そこからくる笑い声と、心の底から笑っている声というのは異なる。
「そう考えるのが普通かもしいれんが、あれはアラッドの声であり……ライホルトの言う通り、心の底から笑っている声でもあった」
「アラッドが、戦場で心の底から笑う……」
「あまりイメージは出来ませんけど、もしかしたら他の感情を通り越して笑ってしまうほど間抜けなゴリディア帝国の戦闘者と出会ったのか、それともこう…………本当にただただ、素の笑い声が零れてしまうほど面白い何かを持つ人と出会ってしまったのかもしれませんね」
アッシュとしても、戦争という場でアラッドが心の底から笑い声を零すというのは、あまり想像出来ない。
だが、ゴリディア帝国の全てを知らないということもあり、絶対にあり得ないと断言することも出来ない。
「……どちらもあり得そうではある、か」
どういった発言をしたのか、どういった面白い何かを持ってるのかは想像出来ないものの、そういった人物とであったのであれば、ライホルトたちもある程度納得出来なくはなかった。
「アラッドが笑ってしまうほどの発言…………なんでしょう?」
「……お前なんて、片腕だけで十分だ、とかか?」
「兄さんなら、俺はあのフールよりも強いとか口にすれば、一周回って心の底から笑うかもしれませんね」
アラッドにとって、フールは自身の父親だからという理由だけではなく、その他の理由も込みで尊敬する大人の一人。
大切な家族ということもあり、そんな大人を侮辱するようなことを相手がブチ切れそうに思われるが……圧倒的に足りない世間知らずが語っていれば、ただのギャグにしか見えず……笑ってもおかしくない。
「はっはっは! その可能性はありそうじゃの」
Aランクドラゴンをソロで討伐するのがどういう事なのか、ドラゴン側だからこそ理解出来る部分もある。
木竜としては、アッシュが語った内容が一番しっくり来た。
「確かに……ただこう、お前だけじゃなくて家族も残酷な方法で殺してやるぜ! みたいな事を言われても、それぐらいなら鼻で笑いそうよね」
「…………割とそうかもしれませんね」
フールの第一夫人であるエリア、第二夫人であるリーナを除き、他の面子は全員戦闘に精通している。
現時点ではアリサとアラッド、ギーラスが一級線に届く実力を有しており、他の者たちもそこに届きうる可能性を十分に秘めている。
それを十分理解していれば、身内を残虐な方法で殺す、女は犯し尽くしてやるぜと言わらたとしても「睾丸潰されるだけかから止めといた方が良いぞ」と、逆に心配するかもしれない。
そんな感じで、逆にどうして戦場でアラッドが心の底から笑ったのか、という話題で寝る時間まで盛り上がるアッシュたちであった。




