千百九十七話 思考力と心
「ふむ……少し、心配なところではあるの」
「兄さんが、ですか」
戦争を体験する者としての心構えに関するスタートラインは同じ。
だとしても、アッシュはアラッドを心配する必要はないように思えた。
「うむ。あ奴の強さは言うまでもない。初めて出会った時点で、倒される可能性を秘めた強者。あれからも刺激的な冒険を続けていると聞く……更なる高みへ登っているだろう」
Aランクのドラゴンである木竜からしても、アラッドという人間の強さは……間違いなく自身の命に届きうると断言出来る。
だが、ドラゴンという種族ではあれど、それなりに長く濃い生活を送ってきたからこそ、解る部分がある。
「クロと共にではあるが、なりたてとは言え既にAランクのドラゴンを討伐しておる。加えて、一部の能力はAランクに達しておるBランクドラゴンも討伐しておるらしい……いずれ、アラッド一人でAランクのドラゴンを討伐してもおかしくないじゃろう」
「っ、改めて聞くと、本当にこう……異次元の存在ですね」
「そうなのじゃろうな。じゃが、心の方は歳相応のところがある」
「…………そうでしょうか」
木竜の言葉に、アッシュはまだ屋敷でアッシュと共に過ごしていた時のことを思い出す。
(アラッド兄さんは……僕の記憶が正しければ、幼い頃から大人びてた気がする)
アッシュは社交性があまり高いタイプではないが、自室に引き籠っていたエリートニートではない。
自分と同世代……歳上の人たちがどういった会話をしているのか耳にしたことは何度もある。
中等部に入学し、傍には彼と違って社交性が非常に高いシルフィーがいることもあって、十代前半の者たちが何を考えて行動し……何をどこまで考えられるのかも把握出来た。
だからこそ、アラッドの精神が歳相応、とは思えない。
「儂はそこまでアラッドの幼少期を知らんが、おそらく早熟だったのだろう」
「早熟……………………そう、なのかも、しれませんね」
アラッドという兄を信用し、信頼しているアッシュ。
しかし、彼はその兄を盲信はしていなかった。
そのため、これまで自身が見てきたアラッドの考え方などに、木竜の予想が当て嵌まってはいると認められた。
「アッシュの引っ掛かっている部分は、考え方の方だろう」
「……なるほど。確かに考え方……思考力と心は別か」
木竜の言葉に、一番最初に納得したのはライホルトであった。
ライホルトも最初こそ木竜の考えに違和感を覚えたものの、直ぐに解消された。
「その通りじゃ。思考力が優れているからといって、目の前で起こる悲惨な出来事、光景に耐えられるかは別の話じゃ」
「アラッドも、人の子である部分がある、ということかしら?」
「そうとも言えるの。まぁ、先程言った通り、思考力も並ではない……アラッドなら、その出来事や光景によって自身の心が乱れ、戦況が悪くなる……仲間に迷惑を掛けてしまうかもしれないと判断し、そういったタイミングで狂化を使い、意識的に振り切ろうとするかもしれんの」
「…………湧き上がる感情を、無視するということですよね」
「そうなるの」
「……では、その湧き上がる感情に蓋をして……いつか、爆発してしまうかもしれない、と」
兄が強いのは知っている。
ただ、木竜たちが教えてくれた通り、兄であるアラッドも戦争という戦いに関しては素人。
何かが起きても、おかしくはない。
「その可能性もあり、そうならない可能性もある…………儂や、同族たちにはあまり解らん感情ではあるが、そういった時に助けてくれるのが、仲間や家族というものではないのか?」
ドラゴンも群れで活動する個体はいる。
そして、子を産めばドラゴンも母になるケースは多い。
そこに愛という感情はあるにはある……ただ、人間ほどそれらの感情で結ばれることはない。
「……そう、ですね」
アッシュ自身、自分が弟であり……兄であるアラッドより優れている部分がないと思っているからこそ、自分がアラッドに助けられることは容易にイメージ出来ても、自分がアラッドを助ける姿がイメージ出来ない。
ただ……それでも、だから仕方ないよねと諦めるのは、よろしくない。
基本的に錬金術にしか興味が無いアッシュだが、家族に対する関心がゼロではない。
だからこそ、今回シルフィーの我儘に溜息を吐きながらも同行している。
「早とちりという可能性もあるが、この戦いが終わった後……会う機会があれば、私たちの方から触れた方が良いのかもしれない」
「放っておいて、ぐつぐつと煮え滾って良くない方向に爆発してしまう前に、先に触れて解消しておいた方が良いってことね!」
ラディア、リエラとしても友人が闇落ちしてしまう未来は避けたい。
他にも同じことを考えている者たちがいるかもしれないが……それはそれでこれはれ。
友人の悩みを解消したいという気持ちが消えることはなかった。
そんな中、もしかしたらアラッドが抱えるかもしれない悩みに心配していなかった訳ではないが、ライホルトは二日目の戦争中……気になったことを話し始めた。




