燃え盛る城
「ついてきな、坊ちゃま」
モカが爪を鳴らしながら吐き捨てた。言葉はその爪先に弾かれそうな勢いだった。
「ああ」
俺は丸裸のまま、ルネサンス貴族の私用翼のような廊下を歩かされている。だが、細部を鑑賞する余裕はある。磨かれた大理石の床。眉間に皺を寄せた先祖の油絵。琥珀色の魔力光を脈打つガラス燭台。前工業期の貴族文化と魔導工学の融合——
パタン。スカートが揺れる。
首が約四十五度、右へと弾かれた。
見ようとしたわけじゃない。俺は趣味人の三十路だ。真鍮の扉金具を鑑賞しようとしていただけだ。だがこの身体——この馬鹿げたまでに反応のいい、十七歳の身体が——モカの攻撃的な、腰を突き出したような荒っぽい歩き方を一目見て、運動神経の主導権を奪っていた。
彼女のスカートは、ただの布切れだ。ラプトル状の爪が床を叩くたびに、白い竜尾が扇情的に揺れ、裾を意地悪く捲り上げる。裾が舞い上がる瞬間、白い鱗のすぐ上——絶対領域とでも言うべき、生白い生身の太ももが露わになる。歩くたびにその柔肉がぷるんと震え、重力に抗うようにふくらみ、また沈む。鱗と肌の境界線が、まるで生き物のように蠢き、見えそうで見えない禁じられたラインを、執拗に見せつけてくる。
覗き込めば見える。全力で視線を送れば、全部見える。だが見た瞬間、モカに殺される。
構図を見ろ。画角を見ろ。額縁の——
パタン。スカートが揺れる。
首が再び弾かれ、視線は機械じかけのように彼女の腰へ固定される。
クソが。この身体、勝手に動くな。
「ここに他の奴はいないのか?」俺は美術評論家が散歩でもしているかのように声を努めた。「建築が素晴らしいな。お前たち四人と坊ちゃまだけか?」
「馬鹿言うな」モカは足を止めず、背中の白い翼が苛立たしげにピクリと動いた。「使用人は何十人もいる。庭師。馬丁。全員把握してねぇよ」
「なのに、どうして墓場みたいに静かだ?」
「ヒルシが、坊ちゃまが霊蝕にかかったって広めたからだ。伝染する。皮膚が剥がれ落ちる。裸の見知らぬ野郎が坊ちゃまの顔をして廊下を歩いてるところを使用人に見られたら、日没前に全員処刑だ」
「了解」俺は滑らかに言った。
パタン。スカートが揺れる。
脊髄が螺旋状にねじれた。視線は再び裾のラインへ。趣味人としての理性と、思春期の神経系の戦いだ。理性が、圧倒的に負けている。
翼の突き当たりに重いマホガニーの扉があった。モカが振り返り——首が四十五度に固定されたままの俺を捉えた。
視線の先は、彼女の膝上5センチ。スカートの裾と、白い鱗の境界。生白い柔肉が覗く、禁じられたラインだ。
「……首、どうしたのよ」
俺は脊椎から軋む音を立てて真っ直ぐになった。
「鑑賞していただけだ」俺は瞬きもせず、季節の美術収集家のような顔を作った。「あの扉枠の幾何学的な真鍮細工を」
モカは無表情のまま、背中の白い翼を純粋な疑念の形へ広げた。一割も信じちゃいない顔だ。
「……病気の類だと思う。蘇生魔法の副作用で……」
部屋の温度が下がるような視線を放ちながら、モカが言った。
「入れ」彼女は扉を押し開け、中へ突き飛ばすように促した。「その『病気』、あたしに移すんじゃねぇぞ」
部屋は広大だった。重いワインレッドのベルベットカーテン。俺の旧世界の隠れ家より高価な天蓋付きベッド。手彫りのマホガニー板に寄りかかる、金縁の厳かな貴族の肖像画。古典美術と高級建築の見本市だ。
モカは腕を組み、白い爪を二の腕にトントンと鳴らした。
「ルールだ。貴方は病人だ。部屋を出るな。汚物は廊下に出すな。ベランダに出るな。用を足したい時は、壁際の鉢がある。満杯になったら、廊下に出す」
俺は、廊下に飾られた見事な傑作と、床に置かれた無味な陶器の鉢とを、行きつ戻りつ見た。
「……俺の用が、廊下に?」
「そう」
「あの大判の油絵の真下に?燃える城が描かれた、本物の手彫り金箔額縁に入ったやつの?」
「そう。燃える城の真下に」
「額縁だけで闇市場で三百万は固いぞ。画家に申し訳ない」
「誰も気にしねぇ」モカの声は平坦だった。「黙って入れて、出して、ドア閉めろ!」
彼女は爪を少し上げ、黄色い瞳が光る。もう一声文句を言えば、本気で腹を引き裂くかもしれない、そんな顔だ。
「了解」俺は即座に言った。
彼女は手を下ろしたが、尻尾はまだ苛立たしげに跳ねていた。「飯は届ける。水も。誰かが持ってくる。洗い物もな」
「……じゃあ、あの猫目の女に会いたいんだが」
「ヒルシのことか?」声が危険な平坦さへ落ちた。「今は無理だ。坊ちゃまの死因を調べてる。事故じゃねぇ。誰かが生の魔力で作った劇毒を飲ませた。屋敷の誰かが毒殺した可能性がある。ヒルシが犯人を突き止めるまで、貴方はこの部屋にいて、他に行くんじゃねぇ」
扉が閉まる。鍵がかかる。
俺は豪奢な静寂の中、丸裸のまま、厳かな貴族の肖像画と、その襟元の魔導紋章を見上げた。
毒殺された貴族の坊ちゃま。暗殺者。四人の魔物メイド。スカートが揺れるたびに太ももを指針にする身体。そして、俺の便器は廊下だ。
重い木の扉を、長く、静かに見つめた。
「……紙もくれないのか」




