表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/25

第二話 外れスキルは夜に使う

 リオのスキルは、【複製】である。


 自分と同じ姿の分身を、一体作ることができる。


 かなり珍しいスキルだ。

 珍しい。

 とても珍しい。


 ギルドマスターのオルドが、最初に聞いた時に三回聞き返したくらいには珍しい。


「もう一回言え」


「複製です」


「……何を?」


「自分を」


「誰が?」


「僕が」


「何を?」


「ですから、自分を」


 当時のオルドは、しばらく眉間を押さえていた。


 珍しいスキルには違いない。


 だが、世間での評価は少し違った。


 強い剣士が二人になれば強い。

 優れた魔法使いが二人になれば便利。

 熟練の職人が二人になれば仕事も進む。


 では、見習いギルド職員が二人になったらどうなるか。


 書類仕事が少し早く終わる。


 以上である。


 いや、便利ではある。


 受付の手伝いをしながら倉庫整理ができる。

 依頼票を並べながら伝票も確認できる。

 急ぎの届け物があれば、片方が走れる。


 ただし、複製体が疲れれば、その疲れはあとで本体へ戻ってくる。


 仕事は二人分。

 疲労も、だいたい二人分。


 便利なようで、なかなかひどい。


 炎をまとえるわけではない。

 雷を落とせるわけでもない。

 剣一本で魔物を両断できるわけでもない。


 外れではない。

 けれど、大当たりでもない。


 珍しいだけの、微妙なスキル。


 リオも最初はそう思っていた。


 仕事は増える。

 疲れも増える。

 それだけだ、と。


 けれど、ある夜。


 リオは気づいてしまった。


 自分が二人いるなら。


 片方の自分は、部屋に残れる。


 誰かが扉を叩いても、返事ができる。

 誰かが顔を見に来ても、そこにリオはいる。


 そして、もう片方の自分だけが、夜の町へ出ていける。


 外へ出ていないのに、外で動ける。


 ギルドの自室にいながら、黒い仮面の自分を屋根の上へ送り出せる。


 それは、正体を隠すには都合がよすぎた。


 そして、前世でヒーローに憧れていた少年には、眩しすぎる使い道だった。


 この外れスキルは、夜に使うものだ。


 リオは、そう思った。


     ◇


 その夜。


 ギルドの自室で、リオは扉に鍵をかけた。


 窓の外では、ルネリアの町が夜に沈んでいる。


 大通りの店は少しずつ灯りを落とし、酒場の声だけが遠くに揺れている。

 昼間は人の流れで満ちていた路地も、今は暗い。


 悪人が肩幅を広げる時間だ。


 リオは机の上に残った書類を見た。


 昼のうちに片づけきれなかった依頼票。

 素材確認の控え。

 明日までにまとめる必要がある伝言メモ。


 見なかったことにしたい。


 だが、見なかったことにすると明日の自分が泣く。


 明日の自分は、たぶん今日の自分を許さない。


「……少しだけ、進めておくか」


 リオは椅子に座り、書類を手元へ引き寄せた。


 その横、ベッドの下には黒い外套。


 棚の奥には黒い防毒面と黒いゴーグル。


 壁際の箱には、ドリームガンと弾が並んでいる。


 眠り弾。

 粘着弾。

 煙幕弾。


 リオは普段、二つ目をベタベタ弾、三つ目をモクモク弾と呼んでいる。


 名前が雑なのは分かっている。


 けれど、分かりやすい名前は大事だ。

 たぶん。

 少なくとも、リオはそう信じている。


 リオは深く息を吸った。


 足元の影が、ゆらりと揺れる。


 部屋の灯りは動いていない。

 風もない。


 それでも影だけが、水面のように波打った。


「……行くか」


 影が盛り上がる。


 床から黒い輪郭が抜け出すように立ち上がり、やがてリオと同じ顔、同じ背丈、同じ目をした少年になった。


 複製体は、リオを見て軽く肩を回す。


「今日こそ早く戻りたいな」


 本体のリオが言う。


 複製体のリオは、ベッドの下から黒い防毒面を取り出した。


「昨日もそう言った」


「結果論だ」


「結果がすべてだと思う」


「うるさい。俺だろ」


「俺だから言ってる」


 自分同士の会話は、たまに腹が立つ。


 複製体は黒いゴーグルをつけ、防毒面で顔を覆い、黒い外套を羽織った。


 ただの見習いギルド職員だった少年が、少しずつ夜の姿に変わっていく。


 黒い仮面。

 黒い外套。

 悪人を眠らせる小さな筒。


 変身ではない。


 けれど、これはこれで悪くない。


 いや。


 かなり良い。


「顔がにやけてる」


 複製体が言った。


「防毒面で見えないだろ」


「俺だから分かる」


「それはずるい」


 複製体はドリームガンを腰に差し、弾を確認する。


 正面から戦うための装備ではない。


 相手の視線をずらす。

 足を止める。

 逃げ道を消す。

 一拍だけ早く、次の場所へ移る。


 黒蝶は、相手より強いから勝つのではない。


 相手が動く前に、動く先を塞ぐ。


 相手が考える前に、選べる道を減らす。


 気づいた時には、もう詰んでいる。


 そういう戦い方をする。


「無茶はするなよ」


 本体のリオが言う。


 黒い仮面のリオは、窓枠に足をかけて振り返った。


「善処する」


「それ、一番信用できない返事だぞ」


「知ってる」


「本当に俺か?」


「だから信用できない」


 言い返せなかった。


 黒い外套が夜風に揺れる。


 複製体は窓の外へ身を躍らせた。


 細いワイヤーが屋根の縁を噛む。


 黒い影が、月明かりの下を跳ぶ。


 音は小さい。

 姿はすぐに消える。


 リオは窓を閉め、机に戻った。


 本体はここにいる。


 ギルドの自室にいる。


 誰かが訪ねてきても、リオはいる。


 けれど、もう一人のリオは夜の屋根を走っている。


 外へ出ていないのに、外で動ける。


 それが【複製】というスキルの、リオだけの使い方だった。


 机の上の書類に、リオは視線を落とす。


 文字が少し揺れて見えた。


 眠い。


 ものすごく眠い。


 だが、眠るわけにはいかない。


 複製体が戻るまで、本体は起きていた方がいい。

 戻った瞬間、記憶も、疲労も、痛みも返ってくる。


 眠っているところへそれが流れ込むと、だいたい悪夢になる。


 経験済みだった。


「今日は何もありませんように」


 リオは小さく祈った。


 その祈りは、だいたい叶わない。


     ◇


 同じ頃。


 ルネリアの裏通りで、赤茶けた髪の若い男が、壁にもたれて舌打ちしていた。


 昨夜、黒蝶に足を止められた男である。


 仲間二人は眠らされた。


 自分だけは、眠らなかった。


 動けなかっただけだ。


 それが余計に腹立たしい。


「黒い仮面野郎……」


 男は、石畳を見る。


 昨夜の粘着液はもう剥がされている。

 だが、感触はまだ靴底に残っている気がした。


 動こうとした瞬間に、動けなくなる。


 あの嫌な感覚。


「次は、足元だな」


 男は低くつぶやいた。


 黒蝶の筒。

 眠る弾。

 足を止める弾。

 屋根から降りてくる動き。


 全部は分からない。


 だが、見ていた。


 見てしまった。


「覚えてろよ」


 赤茶髪の男は、口の端を歪める。


 それは、負け犬の遠吠えだった。


 けれど。


 負け犬は負け犬なりに、目を開けていた。


 その夜、黒蝶はまだ知らない。


 昨夜倒した三人のうち一人が、眠らなかったことを。


 そして、その一人が。


 黒蝶の戦い方を、少しだけ覚え始めていたことを。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク・評価などで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ