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2話 あなたの民に

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして、リツの思考は現在へと戻る。

 波乱万丈な展開に頭痛がする。

2回も死にたくない!でも、普通に抵抗してどうにかなる状況でもない!

 そんな中、リツは彼女の首筋に刻まれた言葉を思い出し、肺の中にある残りわずかな空気を全て使い切る勢いで叫んだ。


「みず!!!!!!!水を飲めー!!!!」


「は、?」


戸惑う、や困惑というより理解できない、何を言っているのだろうかこの人は、と言う表情になり、彼女の手が少し緩む。

 リツはその隙を逃さず転がるようにして彼女の腕の隙間を抜け出し、1度、2度と肺に新鮮な空気を満たしてから再び叫んだ。


「う、げほ、俺は!君のその首の模様の意味が分かるけど、敵じゃない!やったのも俺じゃない!

で、首には火に関係してる文字が多いから水を飲んだらきっとちょっとは良くなると思った!分かんない、俺の勝手な推理だけど!

OK!?わかった!?」


リツ自身も自分が何を口走っているか理解しきれていなかった。とにかく生き残るために言葉で捲し立てようと考えた結果がこの状況であったのだ。


「え?は、はい、」

「水ある!?」

「あ、あそこに桶が」

「分かった!」


 リツの勢いに気圧されたのか、きょとんとした顔で、先程と別人であるかのように素直な彼女を置いてリツは桶へ駆けよった。

 少女の顔には驚きと戸惑いとも言い難い感情が浮かんでいた。その小さな口は何か言葉を紡ぐ。

 だが、その言葉がリツの鼓膜を震わせることは無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うえ、まだ、?まだ水飲むんですか?

もうむり、」


 桶いっぱいの水を、木製のコップに移しつつ飲む彼女は、10杯目で音をあげた。

 ぐったりとベッドに背をもたれさせながら床に座り込む彼女の瞳は涙で潤み、鮮明に星空を映す。


「うーん、ちょっと薄くなってはいるけど、あんまり変わらないかも、体調は?」

「熱とかはさっきよりは下がりましたし、少しはよくなってます、なんですけど、うぷ、胃が破裂しそう、」


彼女は白く細い手で口を抑え、うずくまるように背を丸める。反射で差し出したリツの手を握ることはせず、一人で正座し直してから咳払いをし、深々とお辞儀をした。


「何はともあれ、ありがとうございます。

今回は、私の勘違いで、あのような無礼を…申し訳ございません」


「いやいや、頭あげて下さい!

こちらこそ、あんだけ自信持って言った割に、あんまり効果無くてすみません…」


 リツは先程の自分の叫びを脳内で再生し、あまりの恥ずかしさにうつむき、爪を立ててズボンに皺を寄せながら握りしめる。

 転生したからって、気が大きくなりすぎていた。せめて何とか取り返さないと、と考え再び前を見据える。

 彼女の垂れた絹のような髪に、揺れる灯りが反射し、神秘的な空気を醸し出していた。


「私はティレッド王国が村のひとつ、リンルの村長を務めるルクス・フォリカランナといいます。

どうか、貴方にお礼をさせて下さい」


「俺はスズ…あ、逆なのか、えーと、リツ スズハって言います。

もし良ければ、いろいろ教えて欲しいです。この村の出来事とか、その首の模様のこととか。

すみません、相当な田舎から来た世間知らずなもので。

親兄弟も、ここには居らず身寄りも無いのです」


 上手く嘘がつけないな、疑われるか、と考え顔色を窺うが、ルクスは睫毛を伏せて笑い、子に読み聞かせをする母のように、穏やかな声で言葉を紡いだ。


「チェイリアの出身の方なのね。なら何も知らなくて仕方ないわ。勿論教えてあげましょう。

…でも、それより先に。

あなた、身寄りがないのよね?それにチェイリアを出てきたのならもう戻れないのでしょう?」


 何処かも分からないチェイリア出身ということになったリツは、半端に頷きながら、その蜂蜜のような瞳を見つめる。


「なら、この村、リンルの民にならない?」


「え!?」


リツの口からすっとんきょうな叫びが飛び出る。そんな展開、微塵も予想していなかった。


「でもそんな、願ったり叶ったりですけど、良いんですか?」

「勿論よ。恩人さんですもの。皆も優しいから喜んでくれるわ。きっと。

ただ、皆に余計な心配はかけたくないから、呪いを読めることは黙っていて欲しいのだけど」


くすりと花が咲くようにルクスの顔が綻ぶ。


「もちろんです!ありがとうございます!」


 地面と額がぶつかる音がなるほど頭を下げるリツに、ルクスはにこやかな笑みを浮かべた。

 

 リツはルクスが女神のようだと思った。異世界生活ではこの人を標に歩いていこう、と思うほどに彼女を好く気持ちは膨れ上がった。


 だが、ルクスも長であるので、そこまで甘く、油断しきった子羊では無かった。

 若くこそあれ、村という群れの頂点に立つ者であるのだ。


 ルクスが恐れたのは、王国からの責任追及であった。1度リツがこの村に足を踏み入れ長であるルクスと接触した以上、もしリツが王国に不利益を働けば、対処できなかったと見なされるのはこの村である。


 当たりの良い対応をし、騎士団へと対処の相談をしよう。魔力は見えないから魔法は使えないようだし、武器もない。今すぐ何かされることは無いでしょう。

もし本当に害が無いならそのまま民でいてもらえば良いだけの話だし。

 ルクスは無垢な微笑みの下で、そう思索を巡らせた。

 

「それでは少し話を戻して、うーんと、リツは、呪いの存在は知っているかしら?」

「呪い、」

「それも知らないのですね。

ええと、世には魔法が多くありますが、その中でも、人に悪影響を与え、このような魔法陣が出現する魔法を呪いと言います。


 この魔法陣は、呪いを使う呪使にしか読めぬのです。そのため、リツが奴らの味方だと勘違いしてしまったの。ごめんなさい。

ちなみに、なぜこの文字が読めるの?」


「いや、えーと、こ、故郷の文字と似てて!

それより、呪いを受けるなんて、大変ですね、」


誤魔化すようにリツが慌ててそう言うと、ルクスの顔に影が落ちる。リツは、それを見て、まるで月食のようだと思った。


「…試練、だったのです」


「試練?」


「ええ。ティレッド王国では、国内の村や町が相応の力を持っているか、年に1度、五度目の満月の日に騎士団の騎士が派遣されるのです。そして刃を交えます。

 それに力を示せれば認められ、力不足だと思われれば、そこの民や領土は他の村や町へと引き継がれるのです」


 リツは村が村であるために国と戦う必要性が見出だせなかった。元の世界の村や町の仕組みは、リンルにとっては赤子の沐浴をするぬるま湯のように甘く感じるのだろう。


「でもおかしい、試練の日は満月であるから、明日のはずなのに。私が月を見間違えるはずがないわ。それに、あろうことか呪いを使ったの。試練の時は魔法すら使用が禁止されているのに。


…でも、確かにあれは騎士だったの。

試練の日の前は、皆で宴会を開くのがいつもの決まりだったから、皆で盛り上がっているところに、魔法が放たれた。不意打ちだった。だから、みんなあんなことに、

 

 私に呪いをかけたら、騎士は去っていった。合格なのかも解らないし、」


 ルクスの言葉は、彼女の背が丸まっていくと共に段々と独白のようになっていく。

 青い香りをのせた風がルクスの髪を力無く揺らす。


 同じ空間に居るのに、ルクスが1人の世界に入ってしまい取り残されたリツは、彼女の前で手をヒラヒラと振りながら声をかけた。


「あの、他にも呪われた人が居るなら見に行きましょうか、」


遠慮がちにそう言うリツを見ないまま、ルクスは息を吐くように言った。


「…いない。私だけだったの、呪われたのは。 

だから、もしかしたら、何か他に私を狙う理由があるかもしれない、また来るかも、って思って、みんな心配してくれたけど誰も巻き込まないためにここに1人でいたの。

―今は1人じゃないけれど、ね」


 獲物を狙う猫のように瞳孔が開いていた金の瞳が、リツの方を向いて緩められる。

 ぎらぎらとしていた瞳は、再び淡く月明かりを映し始めた。


 リツは軽く、小さな蝋燭の火を消すかのように息を吐き、わざと明るい調子で右の人差し指をたてる。


「俺が力になれたなら良かったです!

とりあえず、ただの水じゃその首の模様消えなかったけど、水の魔法とかあったらよくなるかもって思い付いて。

ルクスさんは使えたりします?」


 ルクスは軽く頷き、右の手のひらを上へと向ける。ぷすぷすと何かが燻るような音が鳴り、ルクスは眉間に皺を寄せた。


「おかしいわ。いつもは使えるのですけど。これも呪いのせいかしら」


「とりあえず、魔法を使える人を探しに下に降りていきます?

村人の皆さんもきっと少しは元気になったルクスさんを見たら喜んで―――」


―一瞬。何もかもが消えた。



 やさしく夜の大地を照らす月明かりも、テントの中を揺らめくランプも、草も、木も、風も、息も、体温さえ。何もかもが忽然と消えたのだ。まるで、宇宙が生まれる前の前へと遡ってしまったような。

 その一瞬の無という名の暗闇。世界が戻ってきた時、先に動き出したのはルクスだった。

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