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3話 人形

 ルクスが風のように駆け出す。リツは、本当にこれで呪いを受けてて体調が悪い状態なのか、と驚愕しつつも転がるようにルクスを追った。


 ルクスは先程リツが登ってきた道を遡っていく。そう。あの野戦病院を目指していたのだ。

 焦りを体内に宿しながら二人は満月と星空の下を駆けていく。

 先程消えたくせに、月は何事も無かったかのように、薄明かりのベールを垂らし二つの人影をつつむ。


 目的地に辿り着く頃には、リツの呼吸は大いに乱れていた。一方、ルクスの呼吸は殆ど平常。暑くも冷たくも無い空気に、熱を吐き出したルクスは囁くように、掠れた声で呟いた。


「皆、いるのですか?」


 ルクスは再び風を切り、野戦病院の、外との境界を示すだけの布を潜り抜けていく。

 リツもそれを追いかけた。

 先程まで居たテントの布とは全く異なり、ざらりと肌を刺激する布を手で片側へ寄せる。


 リツは辺りを見回した。

 相変わらず橙の灯りは淡く空間を照らし、床は硬く靴を押し返してくる。地面に落ちた布に付着した血液はまだ赤く、鉄のにおいがした。

 それでも確かなひとつの相違点。


「何だこれ、人形?」


 先程まではなかった、リツの手のひらに丁度収まるほどの大きさの人形が、怪我人が寝ていたはずの場所に規則正しく置かれていた。リツはその内のいくつかを手に取る。

 目はボタンで再現されており、髪は毛糸で作られている。フェルトのような柔らかい感触が指先へと伝わる。

 

 人形によっては腕や足に傷があり、綿が飛び出ているのが、ぬいぐるみの制作者の趣味の悪さを感じさせ、リツの顔には嫌悪感が宿った。





「これ、みんなだ、

人形になる呪いをかけられたのよ、」





 2人きりで静かな中、ルクスが微かに空気を震わせた。

 その振動を聞き逃さず、リツはルクスの方を振り返る。真っ青な顔で唇を、指先を震わせながらルクスは言った。


「傷の位置も、タトゥーの位置も、みんなと同じよ。

古傷も、昨夜の戦いでできた傷もぜんぶぜんぶ、」


「…誘拐?」


「誘拐じゃないわ、だってこんな、悲鳴だって聞こえなかったし、何より、さっきの闇、」


 状況を理解し、段々と平常心を失っていくルクスに対し、リツは現実をうまく飲み込めず、咀嚼に時間がかかり間抜けな顔をしていた。

 その時、ルクスがすがり付くようにリツの腕をつかむ。その美しい髪は乱れ、瞳は恒星のように光をたたえる。が、それは人を淡く照らす光ではなく、敵を探し、仕留めるための光のような緊張感を持っていた。


 「リツ、リツ、あなたは、呪いが読めるのでしょう?みんなの呪いも、解けるわよね、ね、?」


 綺麗なかたちをした爪がリツの腕へ、ぎりぎりと食い込む。

 リツは痛みに顔をしかめながら、その手から逃れるように後ずさりをして叫ぶように言った。床の布に皺がよる。

「待ってください!今見ますから!」

 そう言うと、ルクスの手がするりと腕から離れる。

 それでも残る痛みに、反射でその箇所をさすりつつ、リツは手に握ったままだった人形を見つめ直す。


 いくら人形のかたちをしているとはいえ、元が人間だと聞くと、無意識で手付きが丁寧に、ガラスを扱うかのようになる。

 魔法陣が無いかと服まで脱がせ、そこはかとない申し訳なさを感じつつ、そのやわい体をひっくり返すと右の肩甲骨の辺りに赤黒い円が描かれていた。

 どうにかして読み取ろうと目をこれでもかと近づける。が、それも虚しく、目に移るのは格子状の、縦に横にと編まれた布地のみ。


「駄目です、魔法陣が小さくて文字が潰れてて」


 己の無力さを嘆くようなリツの声は小さい。

 その様子にようやく落ち着きを取り戻し始めたルクスはケープの裾を握りしめながら深呼吸をした。

「ごめんなさい、取り乱したわ。だめ、こんなのじゃ。村長なのにね。

とりあえず皆を集めて、都市へと行きましょう。そこなら優秀な騎士様たちがいるし、きっと何とかなるわ。ええ、そう。皆も助かるわ」


 リツにはそう言うルクスが自らに言い聞かせ、暗示をかけているようにしか見えなかった。

 だが、そんなことをわざわざ言葉に出すのはあまりにも無粋。そうですね、なんて当たり障りのない言葉を口にしつつ人形を拾うため腰を曲げた。


 多くの人形を抱えるのは意外にも難しい。いや、それ自体は簡単な行動であるだろうが、それが人だとわかった以上うっかり落とす行為が途端に悪事となるため、リツは細心の注意を払いつつ、まばらに砂が付着した人形を拾った。




 そんな静寂の中、馬特有の拍で地面を叩く音が耳へと飛び込む。それと共にカーンカーンと金属の小気味良い音がなる。リツは小さい銅鑼を鳴らしたような音だと思った。

 その音がした方向を見つつ、語りかけた。

 

「ルクスさん、何か外から音が」

「騎士団の到着の鐘の音よ、!きっと、異常に気付いてくれたのね、よかった、」


 ルクスは顔を綻ばせ、再びその細い足て強かに地面を突き放し、空を舞うように外へ駆け出した。

 その体がぴたりと止まる。ルクスが羽織るケープと流れる髪はその突然の制止に対応できず、衝撃を逃がすように波打った。


 何があったのだろうか。リツはルクスの足音が止まったことに仄暗い不安を抱く。先程と同じはずの風を、何処か不気味に感じつつ足を踏み出した。


 そんなリツの目に映るのは微塵も動くこと無く佇むルクス。その白い首元にはするりと無駄の無い形をした銀の剣が突き付けられていた。

 剣を持つ少女は、色素の薄い金髪を高い位置で一つにまとめ、快晴の時の青空のような瞳に鋭い光を宿し、利発そうな顔をしていた。

 そして彼女はヴァイオリンの音のような芯のある声を夜に響かせる。

 

「フォルモルド騎士団が副団長、リーナ・ナサフィア。

今宵、選別の時。――戦いを」

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