第51話:(後編) 枢機卿の謁見、腐敗した設計図を剥ぎ取れ
剥き出しになった「裏の配線図」が、謁見の間の壁面で悍ましい紫色の光を放ち、この国を蝕んでいた強欲の回路を白日の下に晒していた。枢機卿は、自らの聖域を土足で踏み荒らされた怒りと、積み上げてきた利権という名の砂の城が崩れ去る恐怖に顔を歪め、玉座の肘掛けに隠された緊急用の魔導レバーを、震える手で強引に引き絞った。
「下賤な修理屋ごときが……! 貴様にこの聖域の何が分かるというのだ! 秩序とは、一部の強者がすべてを統べることで保たれる完璧な建付けなのだ! 自壊せよ、不浄なる者共よ。大聖堂の守護精霊、その命を燃やして敵を排除せよ!」
枢機卿が叫ぶと同時に、謁見の間の豪華な金箔が剥がれ落ち、壁の奥に潜んでいた巨大な「魔力吸引触手」が、獲物を狙う蛇のように一斉に突き出してきた。それは大聖堂の基礎構造そのものを魔力燃料として消費し、侵入者を物理的に押し潰すために設計された、最悪の防衛システムであった。
リアムは足元から伝わる不穏な地響きと、建物全体が悲鳴を上げている異常な振動を、職人の足裏で冷静に感知した。
「……なるほど、追い詰められると建物ごと自壊させて証拠を消す設計か。住人の安全を無視した、最低のセーフティ(自爆装置)だね。……枢機卿、君の設計思想は最初から最後まで『使い捨て』だ。……セレスティアさん、その教典の『逆止弁』を叩いて。強制的に魔力の逆流を止めるんだ」
「はい、リアム様! ……教典に宿りし偽りの契約よ、真実の光の前にその配線を解き放ちなさい!」
セレスティアは、枢機卿の手から滑り落ちた黄金の教典を空中で受け止めると、自らの純潔な魔力をその中心核へと叩き込んだ。回路の主導権が枢機卿からセレスティアへとリフォームされ、暴走しかけていた吸引アームの動きが目に見えて鈍る。リアムはその一瞬の硬直を見逃さず、重さ数百キロのハンマーを、アームの根幹を支える「魔力供給シリンダー」へと振り下ろした。
金属が潰れる鈍い音と、魔力液が噴き出す激しい排気音が広間に充満した。物理的に機能を停止させたアームは、ただの鉄の塊となって床に崩れ落ち、大聖堂の自壊という名の狂気は、職人の一撃によって未然に防がれた。
「……よし、次は本丸……この国の『冷気の根源』を叩き直すよ。セレスティアさん、玉座を退かせて。その真下に、この国の心臓部へと続くメイン配電盤がある」
リアムは腰のバールを玉座の土台に差し込み、背筋の力を一気に解放した。枢機卿が腰掛けていた玉座が、無惨な音を立てて横倒しになり、その下から現れたのは、国中の地脈から吸い上げた熱量を仕分けるための、巨大な「魔力分岐点」であった。
そこには、枢機卿の私室や地下金庫へと一方的に熱を流すための、不自然に歪曲したバイパス管が幾重にも張り巡らされていた。リアムは、その忌まわしい配管の接合部を、ハンマーの柄で正確に捉えた。
「……ここに、この国のすべての不平等が詰まっている。……よし、配線リフォーム開始だ。奪われた熱を、元の持ち主……凍えている民衆の元へ、一気に還流させてあげるよ」
リアムが分岐点の「切り替えレバー」を物理的に粉砕し、ハンマーで地脈の導管を正しい方向へと叩き直した。瞬間、大聖堂の地下で眠っていた膨大な熱エネルギーが、堰を切ったように、平民区へと続く本来の供給路へと流れ出した。
謁見の間の窓の外、聖都の街並みに劇的な変化が訪れた。
凍てついていた広場の石畳から、一斉に真っ白な湯気が立ち昇り、積もっていた雪が瞬く間に溶けていく。街を覆っていた冷徹な魔力のベールが剥がれ落ち、遠くの民家の一軒一軒に、温かな橙色の光が灯り始めた。それは、権力者の私欲という名の目詰まりが解消され、国全体の「吸排気バランス」が、数十年ぶりに正常に戻った瞬間であった。
「……温かい。……リアム様、見てください。……雪が溶けて、街が、街が笑っていますわ」
セレスティアが窓辺に駆け寄り、涙ながらにその光景を見つめた。一方、すべての魔力を失い、ただの無力な老人へと成り下がった枢機卿は、豪華な絨毯の上で力なく項垂れていた。
「……よし。これでこの国の『基礎工事』は完了だ。……枢機卿、君は神の代弁者じゃなかった。ただの、メンテナンスを怠った『欠陥管理者』だ。……あとは君が、自分の汚したその床を、一生かけて掃除する番だよ」
リアムはハンマーを肩に担ぎ直し、冷たい視線で枢機卿を射抜いた。
謁見の間を包んでいた不自然な熱気は消え、代わりに、外から流れ込んできた本物の春のような温もりが、静かに室内を満たしていった。
聖教国の偽りの冬を終わらせた職人と聖女は、崩れ落ちた玉座を背に、新しい夜明けを迎えようとする街を見下ろし、確かな完工の感触を噛み締めていた。




