第51話:(前編) 枢機卿の謁見、腐敗した設計図を剥ぎ取れ
地下の搾取プラントを破壊し、偽りの魔力供給を断ったリアムとセレスティアは、大聖堂の最上層に位置する「白銀の謁見の間」へと足を踏み入れた。重厚な扉が開くと同時に押し寄せてきたのは、民衆が凍える広場とは対極にある、過剰なまでの熱気と、高純度の香油が混じり合った、肺を焼くような濃厚な空気であった。
謁見の間は、壁一面が純金と白銀の細工で埋め尽くされ、天井からは数千個の魔導結晶を用いたシャンデリアが、不自然なほどの輝きを放っている。リアムは一歩踏み出すごとに、自身の作業靴の底を通じて伝わってくる、床材の「過剰なまでの遮音性能」を敏感に察知していた。
彼は無言で、傍らに立つ金箔の施された主柱をハンマーの柄で軽く叩いた。
「……なるほど。壁の厚みが通常の三倍はあるね。これは外敵を防ぐためじゃない。内部の醜聞(魔力の異臭)を外に漏らさないための、徹底的な遮音構造だ。セレスティアさん、この部屋は祈りの場所じゃない。ただの巨大な『秘密保持用の金庫』だよ」
リアムの診断が静まり返った広間に響き渡ると、部屋の最奥、一段高い玉座に座っていた老人が、低く、威圧的な笑い声を漏らした。聖教国の最高権力者、枢機卿その人であった。彼は真っ白な法衣に身を包み、手には国宝とされる「黄金の教典」を掲げているが、その瞳には慈悲の光など一滴も宿っていない。
「不法建築者め。地下の神聖なる工房を荒らし、あまつさえこの謁見の間の建付けにまで口を出すとは、身の程を知らぬにもほどがある。……セレスティア、貴女もだ。追放された身でありながら、このような泥塗れの男を連れて聖域を汚すとは、魂の設計図が腐り果てたか」
枢機卿の声は、部屋の音響設計によって増幅され、まるで神の宣告のように響く。だが、リアムは玉座の脚元をじっと見つめ、鼻を鳴らした。
「魂の設計図以前に、君のその椅子、脚が数ミリ浮いているよ。権威という名の厚化粧を塗りすぎて、自分自身の重心(足元)が見えなくなっている証拠だ。……セレスティアさん、彼が掲げているその教典。……あれは本物の設計図じゃないね」
「ええ。……分かりますわ、リアム様。……あの黄金の教典からは、民に分け与えるべき光の温もりが一切感じられません。……あれは、周囲の光をすべて自分一人の元へ集約させるための、歪んだ『魔力収束レンズ』に変えられていますわ!」
セレスティアが激昂し、自らの杖を枢機卿へと向けた。枢機卿はせせら笑い、黄金の教典を開いて見せた。そこには文字が刻まれているのではなく、無数の微細な魔導回路が複雑に絡み合い、国中の地脈から吸い上げたエネルギーの「配分図」が、絶えず流動しながら表示されていた。
「管理されぬ光は混沌を招く。……我ら特権階級がその配線を握ってこそ、この国の秩序(建付け)は保たれるのだ。……この黄金の教典こそが、この国を動かす唯一のマスターキーなのだよ」
枢機卿が教典に魔力を込めると、謁見の間の壁から無数の近衛聖騎士たちが飛び出し、リアムたちを包囲した。だが、リアムは慌てることなく、天井で不自然に輝き続ける巨大なシャンデリアを見上げた。
「……情報のルーズリーフ形式だね。枢機卿、君はその教典を書き換えることで、自分たちの私腹を肥やすための『裏の配線図』を隠している。……でも、物理的なバックアップまでは消しきれなかったみたいだ」
リアムは腰のベルトから、一際大きな超重量の解体用ボルトを取り出し、それを天井のシャンデリアの「接合部」一点に向けて全力で放り投げた。
金属同士が激突する鋭い音が響き、シャンデリアの供給線が断たれる。瞬間、謁見の間の豪華な壁面が、魔力供給の遮断による緊急解除で反転し、その内側に隠されていた「真の設計図」が白日の下に晒された。
そこには、国全体の魔力が民衆の暖房ではなく、枢機卿とその取り巻きたちの私室、そして秘密の地下金庫へと流れるように組まれた、悍ましいまでの「利権の回路図」が、物理的な刻印として残されていた。
「貴様……! 何ということを……!」
「……よし。これで、この国の不透明な『見積書』は全部出揃ったよ。……セレスティアさん、この腐った図面、君の聖なる魔力で『公的な記録』へと上書きリフォームしてあげなよ」
セレスティアが奪い取った図面に杖をかざし、真実の光で利権の配線を焼き切っていく。枢機卿の権威という名の土台が、ガラガラと崩れ落ちる音が広間に響き渡った。
「……枢機卿。君の座っているその椅子ごと、この国を根こそぎリフォームさせてもらう。……さあ、解体工事の本番だ」
リアムは枢機卿の足元にハンマーを叩きつけ、凍てついた国の深部へと、最後の一撃を振り下ろす準備を整えた。




