第50話:(後編) 氷の広場、階級という名の隔壁を解体せよ
広場に満ちた黄金色の熱波は、数千年の凍土を溶かす奔流となって、平民たちの絶望を鮮やかに塗り替えていった。だが、その劇的な「リフォーム」は、聖域の奥に潜んでいた特権階級という名の害虫たちを激しく刺激した。大聖堂の巨大な白銀の扉が地響きを立てて開き、そこから現れたのは、全身を氷の魔力を帯びた白銀のフルプレートで固めた「聖騎士団」の精鋭たちであった。
彼らが一歩踏み出すごとに、周囲の空気は瞬時に凍結し、石畳には鋭い氷の棘が突き立つ。その鎧は、民の祈りから抽出した魔力を循環させ、近づく者の体温を強制的に奪い去る「吸熱装甲」という、守護とは対極にある冷徹な設計が施されていた。
「不届きな修理屋め。神聖なる石像に手をかけ、聖なる熱循環を乱すとは万死に値する。……歩く冷凍庫の餌食となり、その傲慢な指先ごと凍りつくがいい!」
騎士団長が長剣を振り上げると、極低温の吹雪がリアムを飲み込もうと吹き荒れた。リアムはハンマーを肩に担ぎ直し、ゴーグルの奥の瞳で、騎士たちの鎧の合わせ目から漏れ出す不自然な魔力の排気音を冷静に分析した。
「……なるほど、全身を冷媒で冷やして威圧するなんて、護衛の建付けとしては最低だね。冷気を外に撒き散らしているせいで、鎧の内部結露が酷いじゃないか。……セレスティアさん、彼らの吸熱回路を一瞬だけ飽和させて。僕がその隙に、この欠陥品の電源を物理的に切ってあげる」
「お任せくださいわ、リアム様! ……精霊たちよ、冷たい氷の鎖を焼き切り、彼らに本来の人の温もりを思い出させて差し上げなさい!」
セレスティアが聖印を高く掲げ、極大の浄化魔法を放つと、騎士たちの周囲の冷気が一瞬にして温かな光に包まれた。冷媒としての魔力が急激な温度変化に耐えきれず、白銀の鎧から悲鳴のような金属音が響き渡る。リアムはその一瞬の隙を見逃さず、重さ数百キロにも及ぶ特注の解体用ハンマーを振り抜いた。
ガチン、という空間を震わせる衝撃音が響き、騎士団長の胸部装甲にある「魔力循環弁」が、リアムの一撃によって物理的に粉砕された。冷却機能を失った鎧は、内部に溜まっていた熱を一気に噴き出し、騎士たちは自らの体温と外部の熱に焼かれ、次々とその場に膝を突いた。
「……よし、これで外の掃除は終わりだ。セレスティアさん、次は本丸……この沈みかけた大聖堂の『床下』を診に行こうか」
騎士たちを無力化し、二人は静まり返った大聖堂の内部へと足を踏み入れた。天井は高く、ステンドグラスからは虹色の光が降り注いでいるが、リアムはそれら豪華な装飾には目もくれず、中央祭壇の足元にある石材の隙間に指先を差し込んだ。
「……やはり、水平が狂っている。設計値より三センチは沈んでいるね。これは地盤沈下じゃない。地下に、この大聖堂の基礎構造を無視した、巨大な『魔力抽出プラント』が後付けされている証拠だ。……セレスティアさん、この祭壇に刻まれた教典を読んでみて」
「……『民の熱量は神の糧なり、捧げし者は天に召されん』。……おかしいですわ、リアム様。本来の教典は『民の熱量は神の慈愛なり、分かち合う者こそが救われん』だったはずですわ!」
セレスティアが愕然として叫んだ。リアムはハンマーの柄で祭壇の側面を叩き、中に空洞があることを音で特定した。そこには、物理的な鍵ではなく「一定の魔力吸い上げ」によって開く、不当なバイパス回路が隠されていた。
「文字を歪めて、配線図(教義)を自分たちに都合よく書き換えたわけだね。……セレスティアさん、下がって。……祈りの重圧で土台が悲鳴を上げているなら、その元凶を物理的に解体してあげるよ」
リアムは祭壇の継ぎ目に超重量のバールを差し込み、背筋の力を一気に解放した。石材が砕ける轟音と共に、祭壇が真っ二つに割れ、そこから地下へと続く巨大な縦穴が姿を現した。地下室から漏れ出してきたのは、腐った金貨の匂いと、高純度の魔力結晶が発する、悍ましいまでの人工的な光であった。
地下に広がっていたのは、民衆から奪った「祈り」という名のエネルギーを機械的に精製し、金貨と魔力結晶へと変換する、巨大な不法搾取工場であった。張り巡らされた配管は、大聖堂の柱を侵食し、本来の神聖な空間を内側から腐らせるガンのように増殖していた。
「救いの場所を、こんな汚れた工房に変えていたなんて……! ……司祭様たち、貴方たちが祈っていたのは、神様ではなく、自分たちの私欲という名の醜い偶像だったのですわね!」
セレスティアが激昂し、自らの杖から放たれた光の奔流で、最も巨大な抽出配管を粉砕した。魔力の逆流が発生し、地上では魔法の供給を絶たれた司祭たちが、自らの権威が崩壊していくのを悟って無様に地面を這い回った。
「……よし。まずは毒を吐くポンプを止めたよ。……セレスティアさん。次は、この国の根腐れした『教典』という名のマニュアルそのものを、真っ白な雪のように美しく書き換えさせてもらうよ」
リアムは地下の搾取装置の残骸を踏み越え、次なる「心の解体」を告げるかのように、大聖堂の静寂をハンマーの一撃で切り裂いた。聖教国の偽りの冬を終わらせるための本格的な改築工事は、今、一人の職人と一人の聖女の手によって、引き返せない領域へと突入したのである。




