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第50話:(前編) 氷の広場、階級という名の隔壁を解体せよ

 次元跳躍馬車の扉が開き、北の聖教国の中心地、聖都「銀盤」の広場へと足を踏み出した瞬間、リアムを襲ったのは、単なる自然現象としての寒気ではない。それは、建築物の配置によって意図的に加速され、人々の体温を物理的に剥ぎ取るために設計された、冷徹な「魔力風」であった。


 見上げる視界の先には、白銀の彫刻を施された大聖堂が、神の権威を誇示するようにそびえ立っている。その周囲を囲むように立ち並ぶ聖職者たちの居館は、どれもが最高級の断熱材をふんだんに使い、窓からは黄金色の温かな光が漏れ出している。しかし、その輝かしい中心部から僅かに離れた平民区の広場では、粗末な布を纏った住人たちが、凍てついた石畳の上に身を寄せ合い、絶望的な震えの中で死を待つようにうずくまっていた。


 リアムは作業着のポケットから携帯用の魔導温度計を取り出し、足元の石畳の表面温度を測定した。


「……マイナス十五度。外気の気温よりも、地面の方が五度も低いじゃないか。セレスティアさん。この街の地脈、誰かが意図的に『逆回転』させて、下から熱を吸い上げているよ。……祈りの場所が、ただの巨大な吸熱プラントになっている」


 リアムの診断を聞き、セレスティアは真っ青な顔で、広場の惨状を見渡した。彼女が愛した故郷の風景は、今や「熱の不平等分配」という名の、醜悪な設計ミスによって塗り潰されていた。彼女が震える子供に手を差し伸べようとしたその時、広場と聖域を隔てる巨大な白銀のパーテーションの向こう側から、豪奢な法衣に身を包んだ下級司祭たちが、数名の衛兵を引き連れて姿を現した。


「おやおや、追放されたはずの聖女様が、野良の修理屋を連れて戻ってこられるとは。……セレスティア様、その汚れた男を連れて聖域の境界線を越えることは許されません。……教典によれば、下層の住人は寒さに耐えることで魂を浄化すべきであると定められているのですから」


 司祭は懃懃無礼いんぎんぶれいな態度でそう言い放つと、手に持っていた杖を石畳に突き立てた。瞬間、平民区と聖職者区を隔てる透明な魔力の防壁が、物理的な圧力を持って膨張し、広場にいた住人たちを冷たい石畳へと押し退けた。それは単なる身分差の象徴ではなく、聖職者たちが独占する「暖気」を漏らさないための、極めて効率的な断熱障壁パーティションとして機能していた。


「お黙りなさい! 陛下より全権を託されたリアム様を侮辱することは、この国の未来を否定することと同じですわ! ……民が凍えているのに、自分たちだけが温かな部屋で教典を読み耽る。……そんな不均等な設計を、神様がお許しになるはずがありませんわ!」


 セレスティアが毅然と聖印を掲げたが、司祭たちはせせら笑い、教義という名の「見えない壁」を盾に、リアムたちの行く手を物理的に遮断した。リアムは彼らの言葉を無視し、広場の中央に鎮座する、一際美しい女神の石像へと歩み寄った。


 一見すれば慈悲深い微笑みを湛えたその石像だが、リアムの魔導設計図には、その内部に張り巡らされた、周囲の空気から熱量を強制的に奪い取るための「魔力冷却フィン」の構造が真っ赤なノイズとなって浮かび上がっていた。


「……なるほど。この石像が、この広場の唯一の排気口ダクトだったわけだ。……人々の僅かな体温を、美しさという名のフィルターで吸い取って、地下の配管を通じて大聖堂へと送っている。……セレスティアさん、この像は『神の慈愛』じゃない。ただの不具合だらけの吸熱ファンだよ」


 リアムは工具カバンから、一抱えもある大型の特注レンチを取り出した。彼は石像の台座の四隅にある、神聖な紋章で偽装された「隠しボルト」に、迷いなくその重厚な刃を噛み込ませた。


「貴様! 何をする! その石像は、数千年の祈りが込められた……!」


「祈りじゃ、部屋は暖まらないよ。……でも、この回路を『反転』させれば、少しはマシな寝心地になるはずだ。……リフォーム・オーバーブースト。……不当に奪った熱を、元の持ち主たちに返してあげなよ」


 リアムが全身の筋力を込めてレンチを回すと、石像の内部から「ガキリ」という、物理的な破壊音を伴う駆動音の反転が響き渡った。瞬間、女神の石像が放っていた冷徹な光が、柔らかな黄金色の熱波へと書き換えられた。


 大聖堂へと送られていた膨大な熱量が、逆流して広場へと一気に噴き出す。凍てついていた石畳から湯気が立ち昇り、震えていた子供たちの頬に、数年ぶりとも言える健康的な血色が戻っていく。それは宗教的な奇跡ではなく、職人の手によって施された、物理的な「暖房リフォーム」の結果であった。


「……ああ、温かい。……母様、地面が、お日様みたいに温かくなっていくよ……」


 住人たちが次々と立ち上がり、女神の像から溢れ出す温もりに涙を流した。セレスティアはその光景を、震えるような喜びと共に、リアムの広い背中を見つめながら噛み締めていた。一方、魔力の供給を絶たれた大聖堂の奥からは、怒号と共に、より高位の聖職者たちが武装した聖騎士団を率いて姿を現した。


「……よし。まずは一つ、目詰まりを解消したよ。……セレスティアさん。次は、この国の冷たい屋根を剥がして、誰にでも温かい光が届くように、教典そのものを書き換えに行こうか」


 リアムは熱を帯びたレンチを担ぎ直し、驚愕に震える司祭たちを、職人の鋭い眼光で射抜いた。

 白銀の聖都、その凍てついた階級制度の解体工事は、今、最初の一撃によって、確かな亀裂を刻み始めたのである。


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