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第49話:(後編) 沈下する祭壇、地下室の不当利得を解体せよ

 帝都の宿舎の中庭には、早朝から魔導溶接の火花と、規則正しい金属打音が断続的に響き渡っていた。リアムは、エルフの森から一人で走らせてきた次元跳躍馬車の側面パネルを大胆に開放し、その内部構造を剥き出しにしていた。本来、一人乗りを前提とした軽量設計の御者台と居住区は、今、次なる現場である聖教国への「多人数遠征」に耐えうるよう、根底からの構造変更を余儀なくされている。


 リアムは愛用のハンマーを腰のベルトに差し、代わりに精密測定用の魔導定規を手に取ると、車内に新設した「多機能居住空間」の梁の強度を指先で確認した。


「セレスティアさん。そっちの魔力導線の接合、もう少し遊びを持たせて。……北の聖教国は極寒だ。金属の収縮率を計算に入れないと、次元跳躍の瞬間に配管が破裂バーストしてしまうよ」


「分かりましたわ、リアム様。……この絶縁被膜の厚みなら、雪の魔力干渉も防げるはずですわ。……見てください、エプロンのポケットに忍ばせた聖なるハンダ、使い心地が最高ですわね」


 セレスティアは、これまでの「守られるだけの聖女」という仮面を脱ぎ捨て、リアムの指示に忠実に従う有能な助手として、泥にまみれながら配線作業に没頭していた。彼女にとって、この共同作業こそが、エルナ不在の隙間を埋め、リアムとの間に新しい「信頼の建付け」を築くための神聖な儀式であった。


 その背後では、ベアトリスが魔界の熱源石を次々と車内のボイラーへと運び込み、カミラが大荷物の積載バランスを腕力だけで整えている。ルナマリアは、御者席の横に新設された通信盤の最終調整を行い、演算機から伸びる光ファイバーを、車体の各所に配置されたセンサーへと繋ぎ込んでいた。


「主殿、積載荷重は右側に三キロの偏りがある。……私が予備の剣を左側のラックに移せば、重心の狂いは一ミリ以下に収まるはずだ。……よし、これで不意の急旋回にも対応できる建付けになったぞ」


「ルナマリアより報告。……通信中継用の魔導鈴、バイパス接続完了。……これにより、遠隔地の特定座標との音声同期が可能となりました。……エルフの森の『管理人』との回線を開きます」


 ルナマリアが通信盤のスイッチを入れると、ノイズの向こうから、凛とした、けれど懐かしいエルナの声がリビング全体に響き渡った。


『リアム、聞こえる? こちらエルフの里。……精霊たちのざわめきが、北の空に淀んだ魔力の渦を感じ取っているわ。……セレスティア、貴方の故郷の空気、かなり重たくなっているみたいね。……油断しないで、現場監督さん』


「……エルナさんか。聞こえているよ。……こっちは今、全員で馬車のフルリフォームを終えたところだ。……君がいない分、助手席の荷重(重み)を調整するのに苦労したけれど、これで準備は万端だよ」


 スピーカー越しにエルナの笑い声が聞こえ、セレスティアが少しだけ複雑そうな、けれど誇らしげな微笑を浮かべた。離れていても繋がっている、管理人同士のネットワーク。それが、これから未知の闇へと飛び込む一行の「心の断熱」を、何よりも強固なものへと変えていた。


 陽が完全に昇り、帝都の街並みが朝陽に輝き始めた頃。リアムは全員を馬車へと招き入れ、自らは御者席に深く腰を下ろした。助手席に座るセレスティアの、緊張で強張った指先が、リアムの腕にそっと添えられる。


「……よし。全員、シートベルトのロックを確認して。……聖教国の凍りついた教典、その中身を根こそぎ解体しに行こうか」


 リアムが次元跳躍のトリガーを引くと、馬車のエンジンが重低音の唸りを上げ、周囲の空間がガラスのように歪み始めた。次元の霧が車体を包み込み、一瞬の浮遊感と共に、景色が極彩色の奔流へと書き換えられていく。


 再び視界が開けた時、そこにあったのは、帝都の柔らかな朝陽ではなく、刺すような冷気と、視界を遮るほどの激しい吹雪が舞う、白銀の雪原であった。


 遠くの丘の上には、宝石を散りばめたような豪華絢爛な大聖堂がそびえ立っているが、その周囲の集落からは、人々の生活の熱が一切感じられない。リアムは馬車を停め、窓の外に広がる「冷徹な景色」を職人の眼で射抜いた。


「……おかしいな。聖なる場所のはずなのに、この国からは『感謝の熱量』が全く伝わってこない。……セレスティアさん。君の故郷は、祈りを吸い上げて、氷に変えるための巨大な冷却塔プラントになっているよ」


 セレスティアは、白銀の雪に覆われた大聖堂を見つめ、悲しげに瞳を伏せた。だが、その瞳には、自分の祈りの場所を汚した者たちへの、激しい憤りが炎となって宿っていた。


「……ええ。あの大聖堂の地下には、歴代の枢機卿たちが隠してきた、不法な魔力抽出の配管があるはずですわ。……リアム様、私の故郷を、貴方のハンマーで叩き直してください。……この国の凍った屋根を、私たちが剥がしてあげるのです」


 リアムは無言で頷き、腰のハンマーの柄を強く握りしめた。

 吹雪の向こう側で、沈下し始めた祭壇が、救いを求める悲鳴を上げている。

 二人の、そして新しい宿舎の面々による「聖教国解体リフォーム」が、今、極寒の地で最初の一撃を振り下ろそうとしていた。


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