第38話:(後編) 祝杯の夜と、次なる設計図
帝都の夜を彩る新憲法の祝砲が遠くで鳴り響く中、リアムの宿舎の大食堂は、かつてない熱気と香ばしい料理の匂いに包まれていた。
中央の長テーブルには、コレットとセレスティアが厨房で火花を散らして作り上げた、リフォーム記念の特製フルコースが並んでいる。
エカテリーナが「あたくしの蔵で最も建付けの良い(熟成された)一本ですわ」と豪語して持ち込んだ最高級の銘酒が、クリスタルのグラスに注がれるたびに、宝石のような輝きを放っていた。
リアムは主賓席に座らされ、慣れない豪華な食事を前にして、職人の鋭い眼光でスープの具材の切り揃え方を確認していた。
彼の【魔導設計図】によれば、この食卓を囲むヒロインたちの表情の歪みは完全に消失しており、宿舎全体の魔力循環(幸福度)は、かつての欠陥住宅時代からは想像もつかないほどの最適値を叩き出している。
ニーナが初めて口にする高級肉の柔らかさに目を丸くし、ルナマリアが不機嫌そうな顔をしながらも、無言で三杯目のワインを要求する。
「リアム様。改めて、帝都総建築監への就任、おめでとうございますわ。貴方がこの国の土台を直してくださったおかげで、私の浄化の祈りも、今は一粒の澱みもなく天へと届いております。さあ、今夜だけは図面を置いて、この慈愛に満ちた祝杯を飲み干してくださいな」
セレスティアが聖女の微笑みを湛え、リアムのグラスに波々と琥珀色の液体を注いだ。
リアムは照れくさそうにそれを受け取り、一口喉を鳴らして飲み干すと、身体の芯から強固な活力が再構築されていくのを感じた。
「ありがとう、セレスティアさん。……でも、帝都の建付けが直ったからといって、僕の仕事が終わったわけじゃない。むしろ、ここを拠点にして、これから直さなきゃいけない現場が山積みだということに気づかされたよ」
リアムのその言葉が火蓋を切ったかのように、酔いの回ったヒロインたちが、我先にと自らの「現場報告」を開始した。
まず立ち上がったのは、普段は冷静沈着なエルフの公女、エルナであった。彼女の尖った耳は、熱気と興奮で赤く染まっている。
「リアム。私の故郷、エルフの森の大樹を知っているわね。……あれは今、千年の時を経て内側から精霊の目詰まりを起こしているの。外部の職人では樹皮を傷つけることさえ叶わないけれど、貴方のハンマーなら、精霊の息吹を再び循環させるリフォームができるはずよ。……最初の巡回先は、私の森で決まりね」
「あらぁ。エルフの森なんて、ただの生い茂った欠陥住宅じゃない。リアム、私の故郷である魔界の次元境界を診てほしいわ。近頃、空間の繋ぎ目に隙間風が走って、夜中に背中が寒くて眠れないの。……あんたの特殊パテで、私の寝室ごと塗り固めてくれないかしら」
ベアトリスがエルナの肩を押し除け、リアムの首筋に甘い吐息を吹きかけながら対抗する。
カミラもまた、重厚な金属音を立ててグラスを置き、鋭い視線をリアムに向けた。
「主殿、忘れてもらっては困る。閣下の警備体制を世界規模で構築するには、まず私の故郷である武門の里の鍛錬場をリフォームし、最強の資材(兵士)を確保する必要がある。あそこの建付けは、根性論という名の古びた木材で埋め尽くされているからな」
ヒロインたちの「故郷の欠陥自慢」は、次第に熱を帯び、宿舎の天井を震わせるほどの激しい議論へと発展していった。
リアムは彼女たちの熱量に圧倒され、助けを求めるようにテラスへと視線を逃がした。
そこには、騒がしい宴から離れ、独り夜空を見上げるアストレアの背中があった。
リアムがテラスへ出ると、夜風が火照った顔を優しく冷ましてくれた。
アストレアは振り返らず、神としての透徹した眼差しで、星々の運行の僅かな「揺らぎ」を見つめていた。
「リアム。貴方のハンマーが帝都の地脈を直したとき、この世界の理そのものが、微かに正しい音を立てるのを聴いたわ。……でも、私の眼には見えるの。天界と下界を繋ぐ次元の蝶番が、長年の管理不足で悲鳴を上げているのが」
「アストレアさん。……空の上が壊れているのかい」
「ええ。このままでは、どんなに地上をリフォームしても、屋根そのものが落ちてきてしまう。……貴方はいつか、この空の向こうにある、世界の設計図そのものを書き換える必要があるのかもしれないわね」
アストレアの静かな警告に、リアムは夜空を見上げ、その果てしない広がりの中に潜む不具合を想像した。
職人としての血が騒ぎ、彼の右手は無意識に、腰のレンチの感触を確かめていた。
「ハシゴが必要だね。空の上が壊れているなら、そこに届くまでの足場を組んで、直接直しに行くまでだよ。それが職人の意地だからね。……屋根が落ちてくるのを黙って見ているなんて、僕の設計図にはあり得ない」
リアムの力強い宣言に、アストレアは初めて、神としての威厳を忘れたかのような、一人の少女のような安堵の笑みを浮かべた。
リアムが食堂に戻ると、ヒロインたちは依然として次の目的地を巡って火花を散らしていたが、リアムは中央に立ち、全員を見渡して力強く断言した。
「よし。帝都の維持管理は、ニーナとエカテリーナさんに任せる。……明日からは、みんなの故郷を一つずつ回って、世界中の扉の軋みを止めて歩こうか。最初の現場は、エルナさんの森だ。……精霊の目詰まり、僕が根こそぎリフォームしてあげるよ」
リアムの決定に、エルナが歓喜のあまり八枚の翼を激しく羽ばたかせ、他の面々も「次は私よ」と不敵な笑みを浮かべた。
リアムは早速、宿舎の裏庭に置かれていた旧式の大型馬車へと歩み寄り、その車輪の建付けを確かめ始めた。
「さて、まずはこの馬車を、次元を跨いでも揺れないキャンピングカーへとフルリフォームしないとね。……夜通しの作業になるけれど、手伝ってくれるかな」
「「「もちろんです(わよ)!!」」」
深夜の宿舎に、再び元気なハンマーの音と、職人の熱い指示が響き渡る。
帝都という一つの家を直した職人の手は、今、世界という名の巨大な現場を救うための、新しい設計図を書き込み始めていた。
終わらないメンテナンスの旅。その輝かしい第一歩が、月明かりの下で力強く踏み出されたのである。




