第37話:(後編) 黄金の出資者と、暖炉の誓い
冷え切っていた広大なグラマンド邸の食堂は、数時間という驚異的な速度で進められたリアムの突貫工事によって、劇的な変貌を遂げていた。
かつて主人の威厳を誇示するためだけに高く設計されていた天井は、魔法銀の梁によって視覚的な圧迫感を抑えられ、室内全体の熱効率を最適化する二重構造へとリフォームされている。
部屋の中央には、リアムが地脈の熱を直接引き込んで作り上げた、円形の大型暖炉が鎮座していた。
エカテリーナは、これまで一度も座ったことのなかった「使用人と同じ高さ」の円卓に腰を下ろし、目の前で揺らめく炎を呆然と見つめていた。
彼女の掌に握られたスープ皿からは、立ち上る湯気が優しく鼻腔をくすぐり、凍てついていた彼女の指先を内側から解きほぐしていく。
「エカテリーナさん。どうだい、この家の新しい建付けは。一人の贅沢ではなく、全員の団らんを設計の主軸に据え直したんだ。空気の循環が正常になれば、心の隙間風も止まるはずだよ」
リアムが暖炉の薪を調整しながら、職人としての確信を込めて語りかけた。
エカテリーナは、隣に座る執事やメイドたちが自分と同じ温かさを共有している光景を目にし、込み上げる感情を抑えるように深く息を吐いた。
彼女の尖っていた肩のラインが、リアムの施した「居心地の改修」によって緩やかに下降し、本来の柔らかな曲線を取り戻していく。
「あたくしの負けですわ、リアム様。あたくし、これほどまでに食卓が温かいものだとは、今の今まで知りませんでしたの。……あたくしを、この冷たい檻から救い出してくださって、感謝いたしますわ」
エカテリーナは、リアムの無骨な掌の上に、自らの白く繊細な手を重ねた。
その接触にリアムは動揺することなく、ただ「建材の温度を確認する」かのように、彼女の体温が安定したことを確かめて力強く頷いた。
翌朝、エカテリーナは自らの再生を証明するかのように、グラマンド家の総力を挙げた物資輸送部隊を地下特区へと差し向けた。
地下の広場には、最高級の魔法絹で作られた厚手の毛布、冬を越すための高栄養な保存食、さらには子供たちの知性を育むための魔導書が山のように運び込まれていく。
ニーナやスラムの子供たちが、見たこともない贅沢な資材を前にして目を丸くする中、エカテリーナは豪華なドレスの裾が汚れるのも厭わずに、膝を突いて子供たちの目線まで身を下げた。
「聞きなさい、小さき隣人たち。あたくしは貴方たちのパトロン、エカテリーナ・フォン・グラマンドですわ。あたくしの投資効率を下げないよう、精一杯学び、健やかに育ちなさいな。……ふん、あたくしが直々に特別講師として、貴方たちの礼儀作法をリフォームしてあげてもよろしくてよ?」
エカテリーナの傲慢さは、今や「保護者としての責任感」へと昇華されていた。
ニーナは、かつて自分たちを見下していた令嬢の瞳の中に、リアムと同じ「徹底した管理者の情熱」が宿っているのを見抜き、勇気を出してその手を取った。
だが、この急進的なリフォーム(改革)を快く思わない者たちが、早くも牙を剥いた。
実家の残党や、利権を奪われることを恐れた一部の貴族たちが、武装した私兵を引き連れて地下広場へと乱入してきたのである。
「グラマンド令嬢、正気か! スラムの塵芥にこれほどの私財を投じるなど、帝国の経済構造(建付け)を乱す反逆行為だぞ!」
貴族の叫びに対し、エカテリーナは優雅に、けれど刃のように鋭く扇子を広げて一喝した。
「お黙りなさい。あたくしは職人リアム様の最高傑作であるこの特区を守る、唯一無二のスポンサーですわ。あたくしの財布の建付けに文句をつけるというのなら、グラマンドの総力を挙げて、貴方たちの家の資産を根こそぎ解体リフォームして差し上げますわよ!」
彼女の背後で、カミラが重厚な剣を抜き放ち、エルナが精霊の嵐を呼び寄せる。
エカテリーナの放つ圧倒的な「黄金の圧力」と、リアムを支えるヒロインたちの武力が融合し、浅ましい貴族たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
騒動が収まった後、リアムはニーナの孤児院の定礎となる石材に、エカテリーナの名前を刻み込んだ。
「エカテリーナさん。君のおかげで、この建物の維持費は万全だね。君のような優秀な出資者がいれば、僕の設計図はどこまでも広げることができるよ」
リアムの混じり気のない賞賛に、エカテリーナは頬を林檎のように赤らめ、扇子で顔を半分隠しながら視線を彷徨わせた。
「当然ですわ。あたくし、貴方の描く設計図に一生、追加投資いくと決めたのですから。……次は、この地下にふさわしい、最高に贅沢な劇場でもリフォームしてみせますわよ」
職人と、その才能に惚れ込んだ黄金の出資者。
二人の間に交わされた「握手」は、帝都の地下という最も暗い場所に、消えることのない繁栄の灯火を灯した。
リアムは新しく書き加えられたニーナの孤児院の図面を眺め、その「最高の座り心地」を予感して、静かに微笑むのだった。




