第36話:(前編) 光の回廊と地下庭園の着工
実家アークライト家の本邸が白大理石の公共施設へと生まれ変わり、帝都の支配構造が物理的に解体された翌朝。リアムは帝都中央広場の中心に立ち、自身がリフォームした巨大な魔導掲示板の前にいた。そこには、かつての隠蔽工作に満ちた複雑怪奇な地図ではなく、透視図法を駆使した極めて明快な帝都大改修計画図が、黄金の魔力によって投影されていた。
広場に集まった数千の市民たちは、突如として提示された壮大な設計図を前にして、期待と不安の入り混じったどよめきを漏らしていた。彼らにとって、これまでの建築とは権力者が己の富を誇示するための壁であり、自分たちを排除するための柵でしかなかったからだ。リアムは掲示板の横に立ち、愛用のハンマーを肩に担ぎ直すと、広場全体に響き渡る声で宣言を発した。
「今日からこの街を、一つの巨大な家にリフォームします。これまでは、地上の華やかさを守るために地下の犠牲が当然とされてきました。ですが、一軒の家において、一階が豪華で地下室が腐っているような建付けは、職人として許容できません。まずは湿った暗闇に沈んでいた地下を、この街で一番日当たりの良い庭園へと作り直しましょう」
リアムが計画図の中央にある垂直のシャフトを指し示した瞬間、広場の石畳が震動を開始した。実家から没収した最高級の魔導ガラスと、リアムの魔力によって純度を高められた反射鏡が、カミラ率いる警備隊の手によって次々と現場へと運び込まれていく。カミラは白銀の鎧を鳴らし、工事区域の安全を完璧な統制で確保していた。
「主殿、地上の遮断壁の設置を完了した。これより垂直シャフトの掘削作業における塵埃の飛散を、私の風圧結界で完全に封じ込める。市民に一粒の埃も吸わせることはない。安心してお手並みを拝見させていただこう」
カミラの報告を受け、リアムは【神の左官】の術式を広域展開した。地上から地下三千尺の深層まで、光を導くための巨大な垂直孔を一日で削り出すという、既存の建築学を根底から覆す荒業の開始であった。リアムの指先が虚空をなぞるたびに、大地の構造が分子レベルで再構成され、余分な土砂は瞬時に硬質な建築資材へとリフォームされていった。
その傍らで、ルナマリアは冷や汗を流しながら、膨大な演算処理を支える魔導書をめくり続けていた。彼女の周囲には、過負荷による火花が散り、眼鏡の奥の瞳が目まぐるしく数式を追っている。
「リアム、出力が過剰よ。都市全体の構造計算が私の予測を上回る速度で書き換えられているわ。このままだと、帝都全体の重心が一ミリ単位で浮き上がってしまう。……あぁ、もう。私の演算回路をこれほど酷使するなんて、あんたは本当に救いようのない現場至上主義者ね」
「ルナマリアさん、あと三秒だけその数値を固定して。地脈の反発をジャッキアップの反動に利用するから。エルナさん、精霊たちの導線を確保して。光の粒が壁に当たらないように、風のリフォームをお願いするよ」
リアムの指示を受け、エルナは八枚の翼を広げ、掘削されたばかりの孔の中へと花の香りを帯びた旋風を送り込んだ。精霊たちは喜々として風に乗り、光を乱反射させるための微細な魔力回路を壁面に編み込んでいく。
その時、広場の端から「中止だ、中止にしろ」という怒号が響いた。利権を奪われた帝都建築職人ギルドの長たちが、古びた羊皮紙の規定を盾に、リアムの工事を妨害しようと詰め寄ってきたのである。彼らは自分たちの利権が詰まった、カビの生えた古い設計図を振りかざして叫んだ。
「リアム・アークライト。この工事は帝国の伝統的な建築法に違反している。換気口の設置基準も、光の入射角度も、すべてがギルドの定めた百年不変の法に反する暴挙だ。今すぐその穴を埋め立てろ」
リアムは作業の手を止めることなく、ギルド長が持っていた設計図を一瞥した。彼の【魔導設計図】が、その図面の致命的な欠陥を瞬時に赤く強調して表示する。
「ギルド長、この図面は換気の計算が百年分古いですよ。地脈の湿気を排出するルートが確保されていないせいで、この近辺の建物の土台はすべて腐り始めています。こんなカビの生えた設計を後生大事に守り続けて、住人の健康を害するくらいなら、僕のところで雑巾掛けからやり直しなさい。現場の清掃から学べば、少しはマシな家が建てられるようになりますよ」
リアムの冷徹かつ正確な指摘に、ギルド長は二の句が継げずに立ち尽くした。リアムが指差した通り、周囲の建物からは不快な軋み音が漏れ出しており、リアムが浄化の魔力を通した瞬間に、その音が心地よい安定した響きへと変わっていった。圧倒的な技術格差を目の当たりにした若手職人たちは、次第にギルド長を見捨て、リアムの背中を憧憬の眼差しで見つめ始めた。
夕刻、ついに垂直シャフトが地下の最深部へと貫通した。天窓から差し込んだ黄金の太陽光が、リアムの設計した反射鏡の森を駆け抜け、かつてスラムと呼ばれた地下の大空洞を昼間のような明るさで満たした。ニーナが大切そうに握りしめていたひまわりの種が、リアムの放つ活性化魔法によって、湿った土壌の中で瞬時に芽吹く。
地下が「死の沈黙」から「聖域の別館」へと生まれ変わる、歴史的な第一歩であった。リアムは額の汗を拭い、高らかに笑いながらニーナの頭を撫でた。
「ニーナ、見てごらん。最初の一輪が咲いたよ。地下に太陽を呼ぶリフォームは、これで一段落だ。……さて、休んでいる暇はないね。次は帝都の水回りを全部ひっくり返して、街全体の血流を整えてあげようか」
リアムの周囲に集まったヒロインたちは、完成したばかりの光の回廊を見上げ、主の飽くなき情熱に呆れつつも、その壮大な未来予想図を共に描ける悦びに、揃って静かな笑みを浮かべていた。帝都大改修という名の巨大な現場は、今ようやく、基礎工事を終えて本格的な立ち上がりを見せようとしていた。




