第35話:(後編) 路地裏の太陽、孤児院の設計図
黒曜石の威圧感を脱ぎ捨て、清浄な白大理石の光を放つ公共施設へと強制リフォームされた元アークライト本邸。その正面玄関で、リアムは手慣れた手付きでカバンから一冊の分厚い資産目録を取り出した。
敗北し、力なく石畳に膝を突くバティストを横目に、リアムは邸宅の地下倉庫に眠っていた膨大な金貨や、実家が不当に溜め込んでいた最高級の魔導建材を次々と「接収品」としてチェックしていく。それは一族の私財ではなく、帝都の維持管理費から着服されたデッドスペースの残骸に他ならなかった。
「ベアトリスさん、エカテリーナさん。この山積みの金貨、計算をお願いできるかな。職人として、一番有効な使い道に回したいんだ」
背後で控えていたベアトリスが艶然と微笑み、エカテリーナが扇子を広げて黄金の山を品定めするように見つめた。二人は既に、この不浄な財宝をニーナたちの孤児院運営資金へと洗浄するための、緻密な収支計画を頭の中で組み立て始めていた。
「あらぁ。これだけあれば、スラムの子供たち全員を絹のベッドで眠らせてあげられるわねぇ。リアム、あんたの徴収能力は、税吏よりも恐ろしいわ」
「当然ですわ。あたくしがこの汚れた金貨を、帝都一の慈愛に満ちた支援金へと書き換えて差し上げますわよ。実家の名前を消し、リアム様の名を刻む。最高に美しい資金洗浄ではありませんこと?」
リアムは彼女たちに背を向け、バルコニーで震えているニーナの元へと歩み寄った。彼はポケットから、新しく鋳造されたばかりの小さな銀の鍵を取り出し、それを少女の汚れた掌の上にそっと置いた。
「ニーナ。これが、今日から君が管理する仮設本部の鍵だ。……でも、本当の家は、今から君と一緒に地下に建てるんだよ。実家が奪ってきた光を、今度は君たちが独占する番だ」
ニーナは銀の鍵を握りしめ、言葉にならない嗚咽を漏らした。かつては追い立てられ、泥水を啜っていた場所が、今や自分の管理下にあるという事実。そして何より、リアムが自分の夢を「当然の義務」として請け負ってくれたことに、彼女は目元を赤く染めて何度も頷いた。
一行はそのまま、リアムの先導で地下の深層、かつてニーナたちが身を寄せ合っていた「暗闇の配管跡」へと向かった。そこには未だに湿った冷気が漂っていたが、リアムは迷わず天井の一部に手を当てた。
「ルナマリアさん、演算を。エルナさんは精霊の視点から光の屈折率を確認してほしい。地上からこの最下層まで、一筋の影も落とさずに光を導く『光の回廊』を建設する」
「勝手なことを言わないで。……でも、地上の光を地下三千尺まで全反射で届けるなんて、計算機(私)への挑戦状としては悪くないわね。……ええ、一ミリの減衰も許さない導線を引いてあげるわ」
ルナマリアが宙に複雑な数式を投影し、エルナが瞳を閉じて周囲に漂う光の精霊たちと対話を始める。リアムは邸宅から地下まで貫通させた巨大な配管の中に、特殊な魔導反射鏡を次々と打ち込んでいった。
その接合部は、リアムの精密な調整によって完璧な角度を保ち、外光を一点に集約させていく。ガチリ、という最後のボルトを締める音が響いた瞬間、それまで暗黒に沈んでいた地下広場に、眩いばかりの「本物の太陽光」が降り注いだ。
「あ……。あたたかい。おじちゃん、これ、本当にお空の上にある光なの? お化けじゃない、本当の太陽なの?」
ニーナが光の柱の中に飛び込み、その温もりを全身で浴びた。湿り気を帯びた空気は一瞬で清浄な香りを放ち、エルナが呼んだ花の精霊たちが、リアムの作った光の土壌の上で小さな芽を吹かせ始めた。
「ああ。ここはもうスラムじゃない。帝都で一番日当たりの良いニーナ大庭園にリフォームしてあげるよ。地下に森を作り、子供たちが泥ではなく花を育てる場所にする。それが、この実家解体工事の本当の完成図だ」
リアムは真っ白な羊皮紙を広げ、新時代の帝都の全体設計図を力強く描き始めた。そこには実家の威圧的な塔はなく、代わりに地下と地上を結ぶ光の柱が数千本も立ち並び、住人すべてが快適に過ごせる「巨大な家」としての帝都の姿があった。
「主殿、その設計図を護るための盾、既に準備は整っている。外壁の強化と防犯設備のリフォーム、私にすべて任せていただきたい。一人の侵入者も、この光を遮ることはさせない」
カミラが重厚な足音を立ててリアムの傍らに立ち、決意を新たにする。リアムを取り巻くヒロインたちは、それぞれの役割という名のパーツとして、史上最大の公共事業へとその身を投じる覚悟を固めていた。
実家という名の欠陥を排除した先にある、誰も見たことがない未来の景色。職人リアムのハンマーが打ち出す一打ごとに、帝都の歴史は、より美しく、より強固な形へと書き換えられていく。深夜の地下に生まれた太陽は、明日から始まる大改修という名の、終わりのない希望を照らし出していた。




