第34話:(前編) 解体師の牙城、汚職の証拠をリフォームせよ
リアムがリフォームした黄金の玉座により正気を取り戻した皇帝は、その震える手で懐から一本の古びた、けれど精密な意匠が施された魔導鍵を取り出した。
それは歴代の皇帝のみに受け継がれ、実家アークライト家ですらその存在を感知できていなかった、帝都の真の心臓部へと繋がるマスターキーであった。皇帝は潤んだ瞳でリアムを見つめ、その鍵を職人の無骨な掌へと託した。
「リアム・アークライト。余の家を、この醜い寄生虫どもから解体し、真にあるべき姿へ作り直してくれ。余の権限のすべてを、貴殿のハンマーに預けよう」
皇帝の力強い言葉と共に、リアム、カミラ、そして地下の構造を知り尽くしたニーナの三人は、謁見の間の背後に隠された極秘の昇降機へと乗り込んだ。
リアムが鍵を差し込み、魔力を流し込んだ瞬間、数百年もの間、油の一滴すら差されていなかったはずの重厚な歯車が、リアムの浄化魔法によって瞬時にリフォームされ、絹のように滑らかな音を立てて降下を開始した。
「驚いたな。地盤を支える支持杭のすぐ横に、これほど巨大な設計局を隠し持っていたなんて。家主である皇帝陛下を欺き、その足元でシロアリのように巣を食っていたわけだね。職人として、そしてこの帝都の臨時管理責任者として、根こそぎ駆除させてもらうよ」
リアムの瞳には、かつてないほど冷徹な工務の炎が宿っていた。昇降機が地下数百メートル、帝都の最深層に到達し、その扉が開いた瞬間、三人の前に広がっていたのは、実家アークライト家が極秘に運営する禁忌の設計局であった。
そこは無数の魔導書と、帝都を意図的に破壊するためのシミュレーション装置が並ぶ、破壊の殿堂であった。
「止まれ! 侵入者め、ここをどこだと思っている! アークライト家の聖域に足を踏み入れた報いを受けよ!」
局内に配備されていた実家の精鋭守護兵たちが一斉に抜剣し、同時に通路に仕掛けられた防衛システムが起動した。
侵入者を空間ごと切断する高出力の魔導レーザーが網の目のように走り、左右の壁は侵入者を圧殺するために数秒おきにその構造を変える可変式迷宮へと変貌した。だが、リアムはその殺意の渦の中に、迷うことなく最初の一歩を踏み出した。
「あぁ、やっぱり。この切断レーザー、出力の調整が甘くて波長がチラついているね。これじゃあ精密な図面を読む時に目に悪いじゃないか。廊下を穏やかに照らす、目に優しい間接照明にリフォームしておいたよ。ついでにこの壁の可動部も、蝶番が錆びていて不快なノイズを撒き散らしている。もっとスムーズに開閉する全自動のウェルカムゲートに書き換えてあげよう」
リアムが指先で空中に図面を描き、壁の接合部に触れるたびに、殺傷能力を持っていた罠の数々が、次々と快適な居住設備へと作り変えられていく。
カミラは盾を構える必要すらなく、ただ主の歩みに合わせて、かつてないほど足触りの良くなった絨毯の上を歩むことになった。ニーナもまた、リアムの背中に隠れながらも、その鋭い鼻で地下の澱んだ空気が浄化されていくのを感じていた。
「おじちゃん、すごい。あそこの隠し扉のネジ、さっきまで苦しいって言ってたのに、おじちゃんが触ったら、自分から開きたいって言ってるみたいに軽くなったよ」
「ニーナ、いい耳だね。建物の声を聞くのが、リフォームの第一歩だからね。さあ、この醜い設計図の源流を診に行こう」
局の最深部、広大なドーム状の空間に辿り着いた三人の前に、巨大な帝都解体用重力杭と、その傍らで不敵な笑みを浮かべる次男カイン、そして実家の精鋭解体師たちが立ちはだかった。
中央の巨大な魔導スクリーンには、現在の帝都を意図的に崩壊させ、その瓦礫の上に特定の特権階級だけが住める空中都市を建設するという、あまりにも傲慢な裏図面が映し出されていた。
「兄さん、遅かったね。この世界は一度壊れねばならんのだ。それがアークライトの解体美学であり、真の創造への道だ」
カインが合図を送ると、解体師たちが一斉に破壊の魔力を練り上げ、重力杭が轟音を立てて振動を開始した。地下空洞全体が揺れ、リアムたちの足元の岩盤に亀裂が走る。
「カイン。君は、今そこにある家の悲鳴が聞こえないのかい。今あるものを愛せない奴に、次の家を建てる資格なんて万に一つもない! そんな醜い未来の設計図、僕が清書して、真っ白に浄化してあげるよ!」
リアムの怒りが頂点に達し、彼の全身から黄金の魔力が溢れ出した。カインが放った重力の破壊衝撃がリアムを襲うが、彼はそれを片手で受け止め、指先を弾いてエネルギーのベクトルを百八十度反転させた。
「リフォーム・オーバーブースト! 全解体・全浄化!」
リアムが床を叩いた瞬間、設計局全体を黄金の洗浄光が飲み込んだ。カインたちが放った破壊のエネルギーは、そのままリアムの魔力によって図面の墨消しの動力源へと転用された。
空中に映し出されていた汚職と選民思想の塊である空中都市の図面が、物理的に削り出されるように消失し、代わりに帝都全体の地脈を最適化し、すべての住人が平等に安らげる真の帝都補修計画へと上書きリフォームされていく。
実家の精鋭たちが持っていた重力杭は、その力を奪われてただの巨大な支持梁へと変質し、崩落しかけていた地下空洞を以前よりも遥かに強固に支え直した。
「さて。これで証拠は揃った。設計ミスは、根元から直すのが鉄則だ。ニーナ、カミラさん。次は、この醜い嘘をついた張本人、バティスト父上を直接リフォームしに行こうか。帝都の大掃除、いよいよ仕上げだよ」
地下の澱んだ空気は完全に浄化され、爽やかなミントの香りが漂う空間へと変わっていた。リアムは肩にハンマーを担ぎ、光輝く通路を皇帝の待つ地上へと向かって歩き出した。




