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第32話:(前編)帝都の地盤沈下、阻止限界点

 深夜、帝都中央に響き渡ったのは、雷鳴よりも不気味な、大地が「裂ける」音だった。

 リアムがリフォームした宿舎の二階、ワークデスクの上に置かれた精密な『魔導水平器』。その中央にある気泡が、狂ったように右へと振り切れ、警告の赤い光を明滅させていた。


「……あぁ、やっぱり。我慢の限界キャパシティを超えたか」


 リアムは跳ね起きるなり、床に直接耳を当てた。

 スキル【魔導設計図マテリアル・アイ】を全開にする。視界の先に広がる帝都の「骨格」は、今や無数の赤い亀裂に覆われ、地下の汚染層という名の空洞に向かって、巨大な質量がなだれ込もうとしていた。


「パパ! 起きて、パパ! お家が、お家がひっくり返っちゃうよぉ!」

 コレットが半泣きで部屋に飛び込んできた。館の精霊である彼女にとって、地盤の傾きは三半規管をかき乱される激痛に近い。


「大丈夫だよ、コレットさん。……セレスティアさん、エルナ! みんなを起こして! ニーナ、地下の最短ルートを案内してくれ。……帝都の中央区が丸ごと沈む前に、土台の『ジャッキアップ』を敢行する!」


 リアムの指示が飛び、宿舎は一瞬にして「戦場」と化した。

 窓の外では、傾き始めた街灯や、崩落した壁に怯える市民たちの悲鳴が夜の闇に響いている。


     *


 案内人ニーナの先導で、一行は再び地下の「汚染貯水池」へと向かった。

 だが、数日前に掃除したはずの空間は、再び実家アークライト家が仕掛けた「重力爆弾」の残骸によって、地獄のような光景に変わっていた。


「……酷いな。父上たちは、沈下を止めるどころか、意図的に『地盤を抜いて』崩落を加速させたんだ。……自分たちが新しい帝都を『再建築スクラップ・アンド・ビルド』するために、今の住人ごと街を捨て去るつもりだね」


 リアムが暗闇の先を見据える。そこには、漆黒の重甲冑を纏い、巨大なパイルを地面に打ち込み続けているアークライト家の直属部隊――そして、その中心に立つ父、バティストの姿があった。


「……来たか、リアム。無駄な足掻きはやめろ。この帝都は、構造的な寿命を迎えたのだ。……古いむらを剥ぎ取り、新たな秩序を築く。それが我ら破壊者の使命だ」


「……父上。それは『使命』じゃなくて、単なる『手抜き管理の隠蔽』ですよ。……住人がまだ中にいるのに、基礎を壊して建て替えるなんて……職人として、絶対に許せない」


 リアムはカバンから、黄金色に輝く巨大な六角ボルト――『聖域の支持杭』を取り出した。


「ルナマリアさん、演算を! 帝都の重心を一点に固定するよ。……アストレアさん、魔力を貸して。……僕が今から、この『腐ったスポンジ』の上に、不動の柱を打ち込む!」


「……ふん。……演算開始。……座標指定は完了したわ。……リアム、三秒以上ずれたら、私たちごと押し潰されるわよ」

 ルナマリアが宙に魔法陣を展開し、膨大な地圧の変化をリアルタイムで数値化していく。


「……了解したわ。……私の光を、貴方の『ボルト』に宿しなさい!」

 アストレアが八枚の翼を広げ、神聖な魔力をリアムの支持杭へと注ぎ込んだ。


「……小癪な! アークライトの重力に抗えるとでも思うたか! ――【重力解体・万物沈下グランド・クラッシュ】!!」


 バティストが杖を振り下ろした瞬間、天井から数十トンの岩盤が、超重力を伴ってリアムたちの頭上へと降り注いだ。

 

「主殿、ここは私が防ぐ! ……一歩も、一ミリも退かん!!」

 カミラが『可変式重装盾』を広げ、岩盤を真っ向から受け止める。凄まじい衝撃音が響き、彼女の足元の岩が粉々に砕けた。


「……ありがとう、カミラさん。……父上、助かります。……その重力エネルギー、ちょうど『杭を打ち込むためのハンマー』として使わせてもらいますよ!」


「……何だと!?」


 リアムは逃げるどころか、カミラが受け止めた重力の「圧力」を、自らの支持杭へとスキル【衝撃転換リフォーム】で誘導した。

 破壊しようとする力が、そのまま建設の動力へと書き換えられる。


「スキル――【超巨大地盤補強メガ・ジャッキアップ】・発動!!」


 ドォォォォォォォォォォォォォン!!


 帝都の地下深くまで、黄金の光が貫いた。

 バティストが放った重力魔法を動力源として、リアムの『聖域の支持杭』が地殻を突き抜け、マントル近くの不動層まで一気に到達したのだ。


 ガガガガッ、と帝都全体が大きく一度だけ跳ねた。

 そして、それまで続いていた不気味な地鳴りと震動が、嘘のようにピタリと止まった。


「……な……っ!? 帝都の沈下が……止まった……? この私が、数十年かけて歪ませた地盤を、たった一撃で水平に直したというのか……っ!?」


 バティストが愕然として膝を突く。

 リアムは泥にまみれた顔を拭い、静かに、けれど逃れられない確信を持って言い放った。


「……水平は、取り直しました。……父上。……勝手に人の『くに』の土台を壊そうとした罪、重いですよ。……今から、アークライト家(実家)のすべての資産と権限を、帝都大改修の『リフォーム費用』として差し押さえさせてもらいます」


 リアムの瞳に、職人の冷徹な決意が宿る。

 地盤沈下の阻止。それは同時に、アークライト家の「破壊の支配」が終わり、リアムによる「再生の統治」が始まる合図でもあった。


「……さて。……水平は取れた。次は……この汚れた『内装せいじ』を、一から綺麗に掃除しなきゃいけないね」


 リアムがハンマーを肩に担ぎ、愕然とする父を背に、光り輝く支持杭の傍らに立った。

 帝都大改修。その第一段階である「土台の修正」が、今ここに完了したのである。


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