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第31話:(前編)帝都の『内臓』、腐敗の核心

 帝都の華やかな表通りから、迷宮のような地下配管を降りること数時間。

 リアム、カミラ、コレットの三人は、案内人となった少女ニーナの後を追って、陽の光が一切届かない帝都の「最下層」へと足を踏み入れていた。


「……おじちゃん、ここから先は空気が『怒って』るよ。気をつけて。……配管の鳴き声が、いつもより尖ってるから」


 ニーナは、リアムに贈られた「防汚・防臭リフォーム済み」の特製作業着を誇らしげに揺らし、暗闇の中を躊躇なく進んでいく。

 彼女は魔法を使えない。だが、壁を伝う震動や、空気の僅かな湿度の変化を「建物の呼吸」として感じ取り、迷路のような地下街を最短ルートで導いていた。


「……驚いたな。ニーナ、君が言った通りだ。……このエリアの魔力圧、設計上の数値を三倍も上回っている。……まるで、無理やり詰め込まれたゴミが、出口を求めて暴れているみたいだ」


 リアムが壁の錆びついたパイプに【魔導設計図マテリアル・アイ】を重ねる。

 視界に映し出された配管の内部は、本来の透き通るような青い魔力ではなく、どろりとした赤黒い「呪いのおり」で埋め尽くされていた。


「主殿、臭いがひどいな。……これは、ただの生活排水ではない。……もっと、どす黒い『悪意』の混じった臭いだ」

 カミラが剣の柄を握り直し、周囲を警戒する。


「パパ、パパ……! お家が、お家が泣いてるよぉ……! 『苦しいよ、重たいよ』って、地面の下からずっと叫んでるの……っ!」

 コレットが自分の胸を押さえ、苦しそうに顔を歪める。


 辿り着いたのは、帝都の全配管が合流する巨大な地下空洞――通称『大貯水池』のはずの場所だった。

 だが、そこに広がっていたのは、澄んだ水など一滴もない、巨大な「魔導廃棄物の掃き溜め」だった。


 帝都中の贅沢の代償として排出された汚染魔力。

 失敗した魔導実験の残骸。

 そして、帝国の闇に葬られた「不要なもの」すべてが、ここに不法投棄されていた。


「……なんてことだ。ここは帝都の基礎(土台)を支える重要な『要石』の真上だぞ。……そこにこれだけのゴミを溜め込むなんて、自分の家の土台をシロアリに食わせているようなものだ。……職人として、いや、人間として許せないな」


 リアムの瞳に、静かだが烈火のような怒りが宿った。

 彼が廃棄物の山に近づくと、その中心部にある巨大な「汚染の源流」が目に入った。

 そこには、一族の者であれば誰もが知る、漆黒の刻印が刻まれていた。


「……アークライト家の極秘印。……父上、貴方は帝都を壊して再生するどころか、自分たちの汚れ仕事を、この『内臓』に押し付けていただけだったのか」


 アークライト家。破壊と解体を司る武家。

 彼らが帝国で絶大な権力を持っていた理由の一端が、ここにあった。

 彼らは帝都の「ゴミ拾い」を一手に引き受け、その腐敗を地下に隠蔽し続けることで、帝国政府に恩を売っていたのだ。


 その時。

 赤黒いヘドロが、意思を持ったかのように盛り上がり、巨大な魔獣の形へと凝集した。


「……グルォォォォォォォォォォッ!!!」


 それは、捨てられた人々の怨念と汚染魔力が混ざり合った、形なき廃棄物魔獣スクラップ・ビースト

 物理的な身体を持たないその怪物は、カミラが放った鋭い剣閃をすり抜け、ヘドロの触手を伸ばしてニーナを飲み込もうとした。


「……させないよ。……ニーナ、伏せて! カミラさん、その角のバルブを抑えて! ……掃除の基本は、汚れの『核』を中和することだ!」


 リアムは逃げるどころか、汚染魔獣の懐へと飛び込んだ。

 彼は周囲の錆びた配管を瞬時に掴み、スキル【即興配管リフォーム】を発動。

 ただの鉄パイプが、一瞬にして超高圧の「聖域洗浄ノズル」へと作り変えられる。


「コレットさん、魔力出力を最大に! この『詰まり』を根こそぎ押し流すよ!」


「うん、パパ! お家の汚れ、全部ピカピカにしちゃうんだからぁ!」


 シュバァァァァァァァァァァッ!!


 ノズルから放たれたのは、黄金色に輝く「聖域の洗浄水」。

 それは魔獣の赤黒い汚れを、分子レベルでリフォーム(浄化)し、無害な純粋魔力へと還していく。

 苦悶の叫びを上げていた魔獣は、リアムの「徹底的な清掃」の前に、ただの透明な水へと戻り、地下空洞に静かな波紋を作った。


「……ふぅ。……とりあえず、一番ひどい汚れは落ちたかな。……あ、ニーナ。大丈夫?」


「……お、おじちゃん……すごい。……あんなお化け、あたしたちが石を投げても全然平気だったのに。……おじちゃんが洗ったら、ただの綺麗なお水になっちゃった……」


 ニーナが目を丸くして、今や黄金の輝きを放ち始めた地下水を見つめる。

 だが、その静寂を破るように、空洞の入り口から規則正しい軍靴の音が響いてきた。


「……そこまでだ、リフォーム馬鹿。……我が一族が管理する『清算の地』を汚したのは貴様か」


 暗闇から現れたのは、漆黒の法衣を纏ったアークライト家の直属部隊――通称『清掃人クリーナーズ』。

 彼らは帝都の美観を守るために、文字通り「ゴミ(邪魔者)」を処分する暗殺部隊だった。


「兄さん。父上は激怒しているよ。……帝都の闇に触れる者は、たとえ一族の者でも『不燃ゴミ』として解体せよ……とね」


 部隊の先頭には、冷酷な笑みを浮かべた次男カインの姿があった。


「……ゴミを片付けられない家主なら、僕が家ごと『解体』してあげますよ。……カイン、僕は決めた。……帝都の地脈を、根こそぎリフォーム(書き換え)してやる」


 リアムの宣言と共に、地下八層の空気は、戦いよりも激しい「大改修工事」の予感に震えた。

 職人リアムによる、帝国という名の欠陥住宅への、真の宣戦布告だった。


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