第30話:(後編)ズボラ魔女のお洒落リフォーム
リアムが地下街の「内臓」とも呼べる配管調査に向かい、少女ニーナと出会っていた頃。
彼が丹精込めて「神殿級」へとフルリフォームした帝都の宿舎リビングでは、一人の小さな侵略者が、完璧に整えられた空間に「ノイズ」を撒き散らしていた。
「……ふぅ。……やっぱり、この『無音の魔力流』は落ち着かないわ。……少し、魔法の神秘を混ぜないと、私の演算回路が錆び付いてしまう……」
ボサボサの灰色の髪を振り乱し、大賢者ルナマリアがソファーの上に古文書の山を築き上げていた。
彼女の周囲には、わずか数時間でインクの染みがついた羊皮紙の屑や、食べかけの魔導保存食の袋が散乱し、リアムがミリ単位で調整した「調湿漆喰」の壁に、じわりと生活臭の影が差し始めていた。
「あらぁ。……リアムが魂を込めて磨き上げたこのリビングを、一瞬で『魔窟』にリフォームしようなんて、いい度胸ねぇ、ルナマリア?」
背後から、氷のように冷たく、けれど艶やかな声が響いた。
掃除用具一式と、見たこともないほど豪華な「美容メンテナンス・キット」を手にしたベアトリスが、恐ろしいほどの笑みを浮かべて立っていた。
「……なによ、サキュバス。……私は今、重力と不潔の関係性について深い考察を……っ!? ちょ、ちょっと、首根っこを掴まないでよ! 動くのは魔力が勿体ないの!」
「動かなくていいわよぉ。……私が今から、あんたのその『建付けの悪い身なり』を、根こそぎリフォーム(・・・・・・・)してあげるから」
ベアトリスは抵抗するルナマリアの襟首をひょいと持ち上げると、そのまま宿舎自慢の「多機能バスルーム」へと連行した。
*
「……やめて。……お風呂なんて、魔力の導線を乱すだけの野蛮な儀式よ! ……私はこのまま、歴史の澱みと同化していたいのよぉぉぉ!」
ルナマリアの悲鳴が浴室に響くが、ベアトリスは微塵も動じない。
彼女はリアムが「住人の健康維持のために」と、配管の隅々まで洗浄魔法を編み込んだ特製のシャワーヘッドを手に取った。
「いい、ルナマリア? リアムはこの浴室を直す時、住人の肌のキメ一つまでを『完璧な光沢』にリフォームしたいって、徹夜で設計図を書いていたのよ。……あんた、その彼のこだわり(あい)を、そんな煤けた髪で踏みにじる気?」
「……う。 ……それは、その。……職人の情熱を無視するのは、学術的に失礼、だけれど……」
「わかればいいのよ。……さあ、じっとしてなさい」
シュバァァァァッ!!
リアム特製の「自動温度調整・聖水シャワー」が、ルナマリアの全身を包み込んだ。
ボサボサだった灰色の髪から、数年分のインクの染みと埃が、黄金の泡と共にドロドロと流れ落ちていく。
「……ひ、ひゃんっ!? ……なに、これ……。……お湯の中に、精密な洗浄回路が組み込まれているわ……。……私の、毛穴の奥まで……リアムの魔力が、優しく掻き回してくる……っ!」
「ふふ、驚くのはまだ早いわよぉ。……次は、私が厳選した『魔力トリートメント』よ。あんたのその錆びついた頭皮を、私の指先で丁寧にボルト締め(・・・・)してあげるわ」
ベアトリスは、ルナマリアの小さな頭を抱え込むようにして、指先に魔力を込めた。
サキュバス流の、神経系を直接リラックスさせる手付き。それがリアムの整えた「高濃度魔力空間」と共鳴し、ルナマリアの脳内から数百年分の「思考のゴミ」を一気に排出していく。
「……あ。……あぁ……っ。……思考のノイズが、消えていく……。……私の脳内演算が、かつてないほど……滑らかに……リフォームされていくわ……っ。 ……ベアトリス、貴女……なんて、恐ろしいメンテナンスを……っ」
ズボラ魔女の抵抗は、一瞬で「心地よい敗北」へと変わった。
一時間後。浴室から出てきたのは、元のボサボサ姿が嘘のような、白磁の肌とシルクのような光沢を持つ髪をなびかせた、神々しいまでの美少女だった。
ベアトリスは満足げに頷くと、ルナマリアに一着の服を差し出した。
それは、リアムが以前「アストレアさんのために」と採寸しつつも、手違いで少し小さめに作ってしまった、フリルたっぷりの『魔導シルクのパジャマ』だった。
「……なに、これ。……こんな、防御力の低い服……私の魔力回路に、合わないわ」
「いいから着なさい。……リアムはね、この生地の『手触り』をリフォームするために、一晩中魔力を練り込んでいたんだから」
ルナマリアが渋々袖を通すと、その瞬間、彼女の瞳が驚愕に見開かれた。
「……っ。……吸湿性、通気性、そして肌への低反発性……すべてが私の『魔力伝導』と完璧に同期している。 ……清潔さって、なんて恐ろしい毒なの……。……私、もう二度と……汚れたローブには戻れないわ……っ」
*
深夜。
地下調査から戻ってきたリアムが、リビングの扉を開けた。
そこには、ゴミ一つないソファの上で、ピカピカのパジャマ姿で古文書を読んでいるルナマリアがいた。
「……あ、お帰り、パパ! 地下の掃除、お疲れ様!」
足元でコレットが跳ねる中、リアムはルナマリアを見て、その足を止めた。
「……あ。……ルナマリアさん。……すごく、綺麗にリフォーム(・・・・)されたね」
「……っ。 ……べ、別にあんたのためじゃないわよ。……ベアトリスが、無理やり……建付けを直しただけなんだから……」
ルナマリアは顔を真っ赤にして本で顔を隠すが、その髪はリアムの魔導照明を反射して、神々しいまでの輝きを放っている。
「いや、素晴らしいよ。……髪の光沢が、この部屋の照度設計と完璧にリフレクションしている。……素材が良いのは分かっていたけど、メンテナンス(おていれ)次第でここまで『価値』が跳ね上がるなんて。……ベアトリスさん、ありがとう。僕の留守中に、住人の品質管理を完璧にこなしてくれて」
「あらぁ、お礼は言葉だけじゃなくて、実地で示してほしいわねぇ、リアム?」
ベアトリスが勝ち誇ったように微笑み、リアムの腕を絡め取る。
一方で、ルナマリアは本をぎゅっと握りしめ、パジャマの裾を震わせていた。
「……リアム。……明日、私の部屋の……寝心地も、リフォームして。 ……今の私なら、貴方の魔力を……もっと効率的に、受け入れられる気がするから……っ」
「……? ええ、もちろんです。住人がそう言ってくれるのが、職人として一番の喜びですから」
ルナマリアの勇気ある「おねだり」を、リアムはいつもの職人スマイルで快諾した。
背後で、ベアトリスが「あらあら、可愛いライバルが増えちゃったわねぇ」と余裕を見せつつも、内心ではアストレアに次ぐ「強敵」の出現に、少しだけ焦りを感じるのだった。
帝都の夜は、リフォームされたばかりの宿舎に、新たな恋の火種を灯しながら、静かに更けていく。




