第29話:(前編)天空を突く欠陥住宅
帝国夜会の会場を「浮遊する黄金神殿」へと強制リフォームし、実父バティストの面面を叩き潰した翌朝。
リアムは宿舎のテラスから、帝都の空を不自然な角度で切り裂く一本の巨大な影を見上げていた。
「……あぁ、やっぱり。あの塔が、帝都の地脈(配管)を詰まらせている『癌』だ」
リアムが指差したのは、帝都中央にそびえ立つ『賢者の魔導塔』。
歴代の大賢者が住まうとされるその塔は、本来なら帝都全土に魔力を分配する「心臓」の役割を果たすべき場所だ。しかし、リアムの【魔導設計図】に映るその姿は、歪みきった外壁と、内部から溢れ出す澱んだ魔力によって、今にも自重で崩壊しかけている「天空の欠陥住宅」にしか見えなかった。
「リアム様、あそこへ行くつもりですの!? あそこには、三百年以上を生きると言われる帝都最強の魔女、ルナマリア様が引きこもっているはずですわよ!」
セレスティアが青ざめた顔で制止する。
「そうよ、リアム。あの塔の周りには、侵入者を一瞬で塵にする『消滅の結界』が何重にも張られているわ。エルフの私でも、あのノイズだらけの魔力には近寄りたくない」
エルナもまた、不快そうに耳を震わせた。
「……消滅の結界? あぁ、あれね。……あれは『防衛魔法』じゃないよ。単に、部屋の掃除をサボりすぎて、溢れ出した魔力のゴミが静電気みたいに帯電しているだけだ」
「「「……えっ?」」」
「放っておけないな。あんな風通しの悪い場所で寝ていたら、建物も住人も病気(リフォーム対象)になっちゃうよ。……よし、みんな。大掃除の道具を持って。……今日は『天空のゴミ屋敷』を根こそぎリフォームするよ!」
リアムの瞳に、実家との戦いの時以上に鋭い「職人の使命感」が宿った。
*
『賢者の魔導塔』の入り口。
そこは、禍々しい紫色の雷が迸る「絶対不可侵」の領域だった。
しかし、リアムは手に持った「特製のリフォーム・ノミ」一本で、その結界の前に立った。
「……うわぁ、建付けが悪すぎる。この結界、周波数が三ミリほどズレていて、無駄な振動が出ているよ。……これじゃあ、住人の自律神経が狂っちゃうじゃないか。……ちょっと失礼」
リアムが結界の「接合部」にノミを差し込み、カチリと一捻りした。
瞬間、帝都最強の魔導師たちが数百年かけても突破できなかった絶技が、まるでお湯で溶けるバターのように「シュン……」と消え去り、代わりに「いらっしゃいませ」とでも言い出しそうな、清潔で快適な自動ドアへとリフォームされた。
「……よし。……みんな、埃がすごいからマスクを忘れないで。……いくよ」
リアムを先頭に、一行は塔の内部へと足を踏み入れた。
そこは、外観の荘厳さからは想像もつかない「魔窟」だった。
床が見えないほどに積み上げられた古文書の山。
半分ほど中身の残った魔導保存食(カップ麺)の容器がピラミッドのように積み上がり、棚からは得体の知れない魔導具の残骸が雪崩のように溢れ出している。
空気は澱み、湿気で壁紙は剥がれ、魔力の配管からは「ゴボゴボ」と不気味な異音が漏れていた。
「……ひ、ひどいですわ。……これが、帝都の英知の結晶と言われる場所なんですの……?」
セレスティアが口元を押さえて絶句する。
「パパ、パパ……! このお家、もう悲鳴も上げられないくらい、ゴミで喉が詰まってるよぉ……! 助けてあげて!」
コレットが自分の喉を押さえ、苦しそうに涙ぐむ。
「……わかってるよ、コレットさん。……これはもう、リフォーム云々の前に『断捨離』が必要だ。……あ、そこの本棚の下。……誰か埋まってるね」
リアムが指差した先。
崩落した巨大な古文書の山から、一対の小さな、白くて細い足が飛び出していた。
「……あ。……危ない!」
リアムは瞬時に駆け寄り、スキル【神の左官】で重量をリフォーム(無効化)し、数トンはあろうかという本の山を片手で軽々と持ち上げた。
「……ふぇ? ……だれ。……私の『理想の断熱材(空気層)』を、勝手に剥がしたのは……」
本の下から現れたのは、ボサボサの灰色の髪を振り乱し、片方のレンズが割れた巨大な魔導眼鏡をかけた、十歳前後の幼い少女だった。
彼女は眠そうな半眼でリアムを見上げ、ぶかぶかの黒いローブを弄りながら欠伸を一つ。
「……あー。……掃除のゴーレムかしら。……いいわよ、そこらに適当に積んでおいて。……私は今、重力の歪みと安眠の関係を実地調査(お昼寝)中なんだから……」
「……君が、大賢者ルナマリアかい?」
リアムの問いに、少女は「……そうよ。……うるさいわね。……動くのは魔力が勿体ないの」と、再び本の山へ潜り込もうとした。
だが、その瞬間。
リアムの「職人の逆鱗」が、過去最大級の火花を散らした。
「……ルナマリアさん。……その考え、建物に対する深刻な虐待だよ。……こんな風通しの悪い場所で、古文書を枕にするなんて。……職人として、そして家主として、僕は君のその『堕落した生活動線』を根こそぎリフォーム(修正)させてもらう!」
「……は? ……なによ、貴方。……私の塔で勝手なことを――」
「スキル――【全自動大清掃・全解体整理整頓】!!」
リアムが床を叩いた瞬間、塔全体が黄金の爆光に包まれた。
窓という窓から、数百年分の「ゴミ(澱んだ魔力)」が噴水のように空へと射出され、帝都の空を浄化していく。
「あ……っ! 私の貴重な資料(お宝)がぁぁぁっ! やめて、それ、まだ後で読むつもりだったのよぉぉぉ!!」
慌てふためくルナマリアを余所に、リアムは無表情で、けれど情熱的に、塔の内装を一瞬で「白銀の近代的図書館」へと作り替えていく。
「……さて。……まずは表面の『煤』を落としただけですよ、ルナマリアさん。……次は、君自身の『不規則な配線(生活習慣)』を診させてもらいますからね」
リアムの手には、いつの間にか巨大な魔導洗浄ブラシが握られていた。
帝都最強の魔女と、狂気の職人。
天空の塔を舞台にした、史上最大の「ゴミ屋敷リフォーム決戦」が今、幕を開けた。




