第28話:(後編)盾と家の深夜警備
帝国至高の間の床が砂細工のように崩れ落ち、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されたその瞬間。
リアムが宙を舞い、折れた梁を掴んで黄金のリフォーム魔力を爆発させる直前、二人の影が目にも止まらぬ速さで動いていた。
「……逃がさぬ! 主殿の足場を汚す瓦礫など、私が一欠片も通さん!」
女騎士カミラが叫ぶ。彼女が纏っていた夜会用のドレスは、リアムが仕込んだ「緊急換装リフォーム」によって一瞬でパージされ、その下から白銀の重装甲がガシャリと音を立てて展開した。
彼女は崩れ落ちてくる数トンはあろうかという巨大な石材の塊を、左腕の円盾一つで真っ向から受け止める。凄まじい衝撃音が響き、カミラの足元の床が激しく軋んだ。
「……コレット殿、頼む! 私の踏ん張りが利くように、足元の『構造』を固めてくれ!」
「わかってるよ、カミラさん! パパの大事な工事、邪魔させないんだからぁ!」
館の精霊コレットが、実体化した少女の姿のまま、床に両手を突き立てた。
彼女はこの至高の間の「本体」ではない。しかし、リアムの魔力と深く同期している彼女にとって、この建物の悲鳴は自分の皮膚が裂かれるような痛みとして伝わってくる。
コレットはリアムから流れてくる黄金の魔力を中継し、カミラの足元の床板をダイヤモンド並みの硬度へと「一時的リフォーム」で固定した。
「……うおおおおおぉぉぉっ!!」
足場が安定したカミラが、受け止めた瓦礫を力任せに弾き飛ばす。
物理的な「盾」である騎士と、概念的な「家」の維持を司る精霊。
二人の役割は違えど、その根底にあるのは「リアムという男が帰るべき場所を守る」という、狂気的なまでに深い忠誠心(愛着)だった。
*
リアムが会場全体を浮遊する神殿へと作り変え、一時的な平穏が訪れた後の宿舎。
深夜の静寂が包む廊下で、カミラとコレットは並んで壁に背を預けていた。
カミラは鎧を脱ぎ、薄手のインナー姿で肩を回している。先ほどの激闘で、彼女の強靭な筋肉も流石に悲鳴を上げていた。
「……精霊殿。先ほどは助かった。貴殿の『構造維持』がなければ、私の盾ごと地下のヘドロに飲み込まれていたところだ」
「えへへ、お互い様だよ。……カミラさんの盾がすっごく硬くて、衝撃を全部弾いてくれたから、私も建物の『芯』を支えるのに集中できたんだもん。……カミラさんって、本当にお家の『外壁』みたいだね」
「……外壁、か。主殿を守る盾としては、これ以上の誉れはないな」
カミラが微かに口角を上げる。
二人は、自分たちがリアムに対して抱いている感情が、他のヒロインたちの「恋慕」とは少し質の違う、より機能的で根源的な「依存」であることを再確認していた。
カミラにとってリアムは「磨き上げてくれる主」であり、コレットにとってリアムは「自分を作り直してくれた父(家主)」だ。
「……それにしても。主殿は相変わらずだな。あの崩落の最中に、梁の角度が五ミリずれていると言って、私に『盾で押し込め』と命じてくるとは」
「パパ、あんな時でも『美観』がどうとか言ってたもんね。……普通なら怒るところだけど、パパがそうやって『完璧』に直してくれるから、私(お家)はこんなに幸せなんだよね……」
二人は同時にため息をつき、それから顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
あのアホなまでの「職人バカ」に振り回されることが、今や二人にとって最大の生きがいになってしまっている。
「……さて。夜も更けた。精霊殿、今夜の警備はどうする?」
「うん! 私は床下から、パパの寝言(構造振動)を一晩中見守るよ! 変な女狐が忍び込んだら、すぐに床を抜いて追い出しちゃうんだから!」
「頼もしいな。では、私は扉の前で直立不動のまま夜を明かそう。……主殿の安眠を妨げる者は、たとえ帝都の精鋭だろうと一刀両断だ」
二人がリアムの部屋の前で、文字通りの「鉄壁の守り」を固め始めた。
そこへ、お風呂上がりで少し火照った顔の聖女セレスティアが、期待に満ちた表情で廊下を歩いてきた。彼女の腕には、リアムと一緒に食べようと思っていた夜食のトレイがある。
「あら? カミラさんにコレットさん。リアム様の部屋の前で何をなさっていますの? ……ちょっと、そこを通してくださる?」
「断る、聖女殿。今は『構造維持および保安上の理由』により、主殿の部屋への立ち入りは禁止されている」
カミラが冷徹な声で言い放つ。
「そうだよ、セレスティアさん! パパは今日、おっきな工事ですっごく疲れてるんだから、一人でゆっくり休ませてあげなきゃダメ! ……あと、中(私)を通る時は、私に許可を取ってね!」
「な……っ!? なんですの、その二人の奇妙な連帯感は! 私だってリアム様の『アフターケア(癒やし)』を担当する権利がありますわよ! そこをどきなさい!」
「「断る(だめー)!!」」
深夜の廊下で、物理的な盾と概念的な壁による、最強の「通行止め」が発動した。
セレスティアが憤慨して魔法の火花を散らすが、二人の鉄壁の布陣は一ミリも揺るがない。
部屋の中では、何も知らないリアムが、リフォームしたてのフカフカの枕に顔を埋め、「……明日は、あの階段の手すりを……」と、幸せそうな寝言を漏らしていた。
最強の「外装」と「内装」に守られたリアムの眠りは、帝都のどんな王侯貴族よりも深く、安全なものとなっていたのである。




