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第27話:(後編)正妻(仮)たちの帝都視察

 リアムが弟カインの破壊エネルギーを強引に「排水工事」へと転用し、宿舎の地下に溜まっていたヘドロを押し流している頃。

 聖女セレスティアとエルフの公女エルナの二人は、帝都中央区にある賑やかな大通りから一歩入った、入り組んだ路地裏を歩いていた。


「……酷いですわ。一見すれば華やかな帝都ですけれど、この裏路地の『建付け』と言ったら……。魔力の循環が滞って、空気が重く澱んでいますわね」


 セレスティアが、鼻をつく不快な魔力の臭いに眉をひそめた。

 彼女の纏う聖女の法衣は、リアムが「防汚・防臭リフォーム」を施しているため、物理的な汚れは一切寄せ付けない。だが、霊的な「淀み」までは消し去れない。


「精霊たちも咳き込んでいるわよ。……あのアホな建築官たちが、地脈を無視して無理な魔力抽出を続けてきたツケね。……これじゃあ、リアムが『建物が泣いている』なんて怒るのも無理ないわ」


 エルナが長い耳をピコピコと動かし、周囲の石壁から漏れ出す微かな「悲鳴」を聴き取っていた。

 二人がここに来たのは、帝都の食料事情と衛生環境を調査するためだ。リアムが本格的に「帝都大改修」を始めるにあたり、住人の生活動線を把握しておきたいという彼の依頼だった。


 すると、二人の前を一人の小さな少女が横切った。

 ボロボロのバケツを持ち、壊れた魔導水道の蛇口の前で、一滴も出ない水を見つめて泣きそうになっている。


「……お水、出ないの? ……今日も、地下でおヘドロが詰まっちゃったのかな……」


 少女の呟きに、セレスティアとエルナは顔を見合わせた。

 リアムが宿舎の地下で見た「汚染ヘドロ」は、この貧民街のインフラをも完全に破壊していたのだ。


「……見過ごせませんわ。リアム様なら、間違いなくここでスコップを取り出しますでしょうけれど、今は私たちが『代行』いたしましょう」


「……ふん、あいつの教え方は理屈っぽくて面倒だけど、こういう時の『応急処置』くらいは叩き込まれてるわよ」


 二人は少女に歩み寄ると、壊れた蛇口の前に立った。

 セレスティアが杖を掲げ、高純度の聖水を生成する。

 エルナが地面に手を当て、路地の隙間に這い回る木の根を操作して、天然のろ過装置を地下配管へと潜り込ませる。


「「スキル――【即興・浄化配管リフォーム】!」」


 二人の魔力が合わさり、地中の詰まりを一瞬で押し流した。

 ガガッ、という音と共に、蛇口から水晶のように透き通った、清涼な水が勢いよく噴き出した。


「わぁっ! お水だ! ……お姉ちゃんたち、魔法使いなの!? すごい、神様みたい!」


 少女の歓喜の声に、路地裏から続々と住人たちが集まってくる。

 感謝の言葉を浴びせられる二人は、照れ臭そうに顔を逸らした。


「……勘違いしないで。私たちは、あのアホな『職人』に、身の回りの手入れの仕方を教え込まれただけですわ。……貴方たちも、明日からは自分でここを磨くんですのよ?」


「……そうよ。……あいつが来たら、もっと徹底的に『全自動洗浄』とか言い出すんだから。今のうちに慣れておきなさい」


 二人はリアムの「無差別な職人魂」を思い出し、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

 だが、事態は感謝だけでは終わらなかった。

 集まってきた若い女性たちが、「なんて綺麗なお方……」「そのお洋服、どこで直したの?」と、二人の美しさと洗練された身なりに興味津々で群がってきたのだ。


「……ちょっと、セレスティア。……嫌な予感がするわね」


「ええ。……帝都の女たちは、私たちが思っていたよりも遥かに『リフォーム(自分磨き)』に貪欲なようですわ。……もし、リアム様がこの路地裏でスコップを振るおうものなら……」


 二人の脳裏に、最悪のシチュエーションが浮かび上がる。

 リアムが壊れたドアを直すために家に入り、ついでに住人の悩み(建付け)まで直してしまい、帝都中の女たちが「私の寝室も診てください!」と列を作る光景だ。


「……あり得ますわ。あの方は、相手が魔王だろうが、わざとドアの蝶番を外して待っている女狐だろうが、区別がつきませんもの。『あぁ、このサッシは油が切れているね』なんて真顔で踏み込むに決まってますわ!」


「……許せないわ。……リアムのあの『魔性の指先』を、帝都の女たちに一ミリでも触れさせるなんて。……共闘よ、セレスティア。……宿舎に戻ったら、あいつの部屋の周囲に、アリ一匹通さない『正妻結界ジェラシー・バリア』を強化するわよ!」


「……望むところですわ! 私の浄化魔法と、貴女の拘束植物を組み合わせて、最強の『立ち入り禁止区域』をリフォームいたしましょう!」


 聖女とエルフ。

 宿命のライバルであるはずの二人が、リアムの「無自覚な人たらし(職人技)」という共通の脅威を前に、ガシッと熱い握手を交わした。


     *


 夕暮れ時。

 二人が決意を胸に、リフォーム済みの宿舎へと戻ると、ロビーで泥にまみれたリアムが「あ、お帰り」と、いつものように穏やかに迎えた。


「二人とも、調査お疲れ様。……実は、二人の部屋の空調に、新しく『二人専用の魔導通信機能』をリフォームしておいたんだ。……夜中に寂しくなったら、これで内緒話でもしてよ。……隣同士の部屋の壁を共鳴させて、声が聞こえるようにしたから」


「「……えっ?」」


「あ、もちろんプライバシーは守るように、スイッチ式にしておいたよ。……二人が仲良くしてくれるのが、家主としての僕の一番の願いだからね」


 リアムが、汚れを拭いながら満足げに微笑む。

 その、どこまでも細やかで、どこまでも自分のことを考えてくれている「アフターケア」の破壊力に、二人は言葉を失った。


「……な、な……っ。……あの方は……あの方は、本当に……っ!」


「……卑怯よ。……あんなに優しく『心の建付け』を直されたら……文句なんて言えないじゃない……っ!」


 二人は顔を真っ赤にして、逃げるようにそれぞれの自室へと駆け込んだ。


 その夜。

 リアムがリフォームした通信機能のスイッチが、両方の部屋で同時に「オン」になった。


『……セレスティアさん。聞こえる?』


『……ええ。……よく聞こえますわ、エルナさん。……悔しいですけれど、リアム様が整えてくださったこの音響……完璧ですわね』


『……そうね。……でも、これで安心よ。……明日、あいつが浮気をしないように、一晩中監視の作戦を立てましょうか』


『……ふふ。……ええ、受けて立ちますわ。……私たちの「絆」のリフォーム、今夜じっくりと終わらせましょう』


 離れた部屋にいながら、壁一枚を超えて通じ合う二人の声。

 リアムが作ったこの「機能」は、皮肉にも、彼をより深く束縛するための『包囲網』を、以前よりも遥かに強固なものへと作り替えてしまったのである。


 宿舎のテラスでは、何も知らないリアムが、夜空の月を見上げて「明日も建付けの良い一日になるといいな」と、暢気に呟いていた。


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