第27話:(前編)帝都の『地盤』は腐っている
リアムが帝都のボロ宿舎をわずか数分で「黄金の神殿」へとフルリフォームしたという噂は、一夜にして帝都中を駆け巡った。
翌朝、宿舎の門前には、事態を重く見た帝都近衛騎士団と、顔を真っ赤にして激昂する建築官バルト・ボロメオが、数十人の魔導工兵を引き連れて乗り込んできた。
「リアム・アークライト! 貴様、神聖なる帝都の建物に対し、許可なく不当な魔導改変を施したな! これは帝国建築法に対する重大な違反、即刻原状回復を命ずる!」
バルトが飛沫を飛ばして叫び、宿舎のロビーへと土足で踏み込もうとした。
だが、その瞬間。天井の四隅に設置された「自動空気清浄・魔力循環器」が静かに作動した。
プシュゥゥゥ……ッ!
バルトの全身を、高純度の聖域ミストが包み込む。
それは不浄なウイルスや汚れだけでなく、バルトが抱えていた陰険な殺意や、数日間風呂に入っていなかったであろう加齢臭(不純物)までもを、根こそぎリフォーム(洗浄)してしまった。
「な……っ!? な、なんだ、この清々しさは……っ! 身体が、身体が軽すぎて、怒る気が失せていく……だと……!?」
「バルトさん、お静かに。……廊下の反響係数を調整したばかりなんです。そんな大声を出されると、壁の漆喰が泣いてしまいますよ」
リアムはロビーの中央で、床板の一枚を慎重に剥がし、聴診器型の魔導具を地面に当てていた。
彼の表情は、昨日よりも遥かに険しい。
「……原状回復、ですか。……いいですよ、やってみてください。……ただし、僕が施した『補強』を解いた瞬間、この建物は地盤ごと飲み込まれて消滅しますけど」
「……何だと? 脅しのつもりか、リアム!」
「脅しじゃない、診断です。……見てください、この下を」
リアムが指差した、剥がされた床の隙間。
そこからは、本来あるべき頑丈な基礎石ではなく、どろどろとした赤黒い液体――「汚染された魔力のヘドロ」が、不気味な音を立てて渦巻いているのが見えた。
「これは……帝都の地下水か?」
近衛騎士の一人が、喉を鳴らして問いかける。
「いいえ。……帝都の中央魔法陣が、周辺の地脈から無理やり魔力を吸い上げ、その『排泄物』を地下に垂れ流し続けてきた結果ですよ。……帝都の地盤は、もうスカスカのスポンジ状態だ。……この宿舎がボロボロだったのは、単に古かったからじゃない。……地下の腐敗が、建物の『骨』を内側から腐らせていたからなんです」
リアムの言葉に、その場にいた全員が凍りついた。
帝国が誇る華やかな繁栄の裏側。それは、処理しきれない魔力のゴミを足元に埋め立て続けてきた、末期的な設計ミスの上に成り立っていたのだ。
「……ふん。相変わらず、兄さんは理屈っぽいね」
人混みを割って現れたのは、リアムの弟、解体師カイン・アークライトだった。
彼は父である当主の命令で、帝都に戻ったリアムの「作品」を今度こそ破壊するために差し向けられていた。
「地盤が腐っているなら、いっそ全部壊して更地にしてしまえばいい。……兄さんの作ったこの神殿も、僕が一突き(パイル)すれば、そのヘドロの中に沈んで終わりだよ」
カインが、破壊の魔力を込めた鉄杭を構える。
アークライト家秘伝の破壊衝動が、ロビーの空気をピリつかせた。
「カイン、待ちなさい! ここで破壊を行えば、地下の圧力が暴発して――」
セレスティアが割って入ろうとするが、リアムはそれを手で制した。
「……いや、いいよ。……カイン、やってごらん。……君のその破壊、ちょうど『必要』だと思っていたところなんだ」
「……は? 壊されてもいいって言うのかい、兄さん?」
「壊すんじゃない。……『穴』を開けてほしいんだよ。……さあ、全力で、その床の中央を叩いて」
リアムの不敵な微笑みに、カインは苛立ち紛れに杭を叩きつけた。
「死ねよ、兄さんのリフォームごと! ――【爆砕破】!」
ドォォォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃が宿舎を揺らし、床の中央に巨大な穴が空いた。
だが、期待された崩壊は起きなかった。
穴が開いた瞬間、リアムが左右の壁に仕掛けておいた「魔力誘導タイル」が黄金色に輝き、地下から噴き出そうとしていた汚染ヘドロを、一箇所へと吸い寄せ始めたのだ。
「スキル――【緊急排水リフォーム・空間接続】!」
リアムが指先で空間をなぞると、カインが開けた穴の先に、異空間へと繋がる「魔導排水管」が瞬時に構築された。
溜まっていた赤黒いヘドロが、恐ろしい勢いでその「穴」へと吸い込まれていく。
「……なっ!? 僕の破壊を、そのまま『排水工事』に利用したのか!?」
「助かったよ、カイン。……自力でここまで深い穴を掘るには、少し時間が足りなかったからね。……これでこの宿舎の地盤は、当分は沈まないよ」
カインは、自分の全力の攻撃が、兄にとっては「都合の良い土木作業」でしかなかった事実に、再び膝を突いて絶望した。
背後では、バルト建築官が「わ、私の設計した帝都の地下が、そんな……っ」と泡を吹いて倒れている。
「……さて。……これで、この家の『足元』は綺麗になった。……でも、これはあくまで応急処置だ」
リアムは立ち上がり、帝都の中央にそびえ立つ、巨大な『皇帝の魔導塔』を見上げた。
「……源流を直さなきゃ、リフォームは終わらない。……みんな、次はあの『一番建付けの悪い塔』を診に行こうか」
リアムの宣言に、ヒロインたちは一斉に顔を見合わせ、それから楽しそうに頷いた。
帝都大改修。
それは帝国という名の巨大な欠陥住宅を、一人の職人が根こそぎ作り替える、前代未聞の「建国リフォーム」の幕開けだった。




