第26話:(前編)帝都の『腐敗』をリフォームせよ
聖域都市として独立を宣言し、天翼族のアストレアが「真の守護神」として定着してから数日。
黄金の浄化光に包まれた城の門前に、場違いなほどに豪華で、かつ成金趣味な浮遊馬車が到着した。
「リアム・アークライト殿! 帝国中央より、皇帝陛下の親書をお持ちした!」
馬車から降りてきたのは、かつてリアムを追放した建築官バルトの息がかかった、嫌味な笑みを浮かべる役人だった。
差し出された書面には、慇懃無礼な言葉で「帝都の再建築計画への協力」が記されている。
「……罠ですわ、リアム様! こんなもの、貴方を帝都へ誘い出し、その技術を奪い取ろうという魂胆が見え見えですわよ!」
セレスティアが杖を握りしめ、憤慨して叫ぶ。
「そうよ! あんなカビ臭い帝都になんて、今さら戻る必要ないわ。……リアム、あんたはここで、私の耳を磨いていればいいのよ!」
エルナもまた、リアムの袖を引いて強く引き留めた。
だが、リアムの視線は親書の内容ではなく、同封されていた『帝都中央魔法陣・基本設計図(写し)』の一点に釘付けになっていた。
彼の瞳から、いつもの穏やかさが消え、職人としての底知れない「怒り」が滲み出す。
「……酷いな。これは……建物に対する冒涜だ」
「リアム様……?」
「セレスティアさん、見て。帝都の地下、魔力配管が完全に逆流して、地盤がドロドロの腐敗状態になっている。このままだと、地脈の圧力に耐えきれず、三ヶ月以内に帝都の三分の一が『構造崩壊(沈没)』するよ」
リアムが指差した設計図の歪み。それは、帝国の繁栄を支えるために無理な魔力抽出を続けた結果、生じた末期的な欠陥だった。
「政治的な罠? そんなことはどうでもいい。……三百年以上の歴史がある帝都が、こんな『手抜き工事の成れの果て』で崩れるのを、職人として放っておけるわけがない。……よし、みんな。帝都へ行くよ。……不法投棄された呪い(ゴミ)を、根こそぎリフォームしてあげる」
リアムの決意は固かった。
彼は、かつて自分を追い出した者たちへの復讐ではなく、「欠陥だらけの巨大建築」を直しに行くという、ある種、純粋で狂気的なモチベーションで旅立ちを決めたのである。
*
数日後。
数年ぶりに訪れた帝都の正門。
白銀の聖城ほどではないにせよ、一見すれば華やかで堅牢な石壁が続いている。だが、門を潜った瞬間、リアムは顔をしかめた。
「……あぁ、建付けが最悪だ。石畳の段差が三ミリもズレている。……それに、この門番の鎧の音。魔力の共鳴が狂いすぎて、歩くたびに不快なノイズを撒き散らしているじゃないか」
「「「「「……(始まったわ、この人の職人バカが)」」」」」
後ろに従う五人のヒロインたちは、呆れ顔でため息をついた。
リアムはもはや、帝都の豪華な街並みなど見ていない。彼の目には、壁のひび割れ、排水の詰まり、魔力配管の歪みといった「家の悲鳴」だけが、視覚化されて飛び込んできているのだ。
「リアム殿、案内しよう。……貴公に与えられた宿舎はここだ。……存分に、帝都の歴史の重み(・・)を感じるがいい」
案内役の役人がほくそ笑み、指し示したのは、帝都の外縁部にある古びた迎賓館だった。
歴史があると言えば聞こえはいいが、実際には湿気で木材は腐りかけ、壁には嫌がらせのように呪いのカビがこびりついた「曰く付きのボロ屋」だ。
「……ひどい。……パパ、このお家、すごく泣いてるよ……。……お腹が空いて、ボロボロだよぉ……」
館の精霊コレットが、その建物から伝わる苦痛に、自分のことのように震えている。
「ふふっ。反逆者にはお似合いの住処だろう。……では、私は手続きのために数分、席を外す。……大人しく、そのゴミ箱の中で反省しているんだな」
役人が嘲笑いを残して、その場を離れた。
静まり返ったボロ宿舎の前。
ヒロインたちが「失礼極まりないわ!」「今すぐここを焼き払って、別の場所を確保しましょう!」と騒ぎ出す中、リアムは静かに、けれど流れるような動作で工具カバンを開いた。
「……五分。……五分あれば、十分かな」
「リアム様……?」
「コレットさん、僕と同期して。……エルナ、アストレア、浄化の風を。……カミラ、ベアトリス、不浄なゴミの搬出をお願い。……一気に、この家を『神殿』に書き換えるよ」
リアムが、ボロボロの主柱に右手を当てた。
「スキル――【万全の住空間】・全解体新築!!」
ドォォォォォォォォォォン!!
帝都の一角で、目も眩むような黄金の爆光が弾けた。
数分後。
書類を手に戻ってきた役人は、目の前の光景に、持っていた紙をバラバラと床に落とした。
「……な、な……ななな……っ!?」
そこに、先ほどまでのボロ屋は存在しなかった。
代わりに建っていたのは、最高級の白大理石が黄金の装飾で彩られ、窓からは七色の浄化光が漏れ出す、目も眩むような豪華絢爛な聖堂。
空気は常に清涼なミントの香りに満たされ、自動で開閉する魔法の扉の向こうには、帝都のどの王宮よりも快適な空間が広がっていた。
「……あぁ、とりあえず最低限の『清潔さ』は確保しましたよ。……さて、次はどこを直そうか。……まずは、あの歪んで建付けの悪い『玉座』からかな?」
リアムは、腰を抜かした役人の横を平然と通り過ぎ、ピカピカに磨かれた廊下へと足を踏み入れた。
伝説の職人、帝都に帰還。
腐敗した国家を、その根幹から「住みやすく」作り替える、無自覚な逆侵攻が始まった。




