第25.5話:そんなわけない
建国祭の賑やかな声が遠ざかって、城の中に深い静寂が戻ってきた。
テラスの円卓には、琥珀色に透き通った魔導古酒のボトルが一本。リアムは一人、その芳醇な液体を小さなグラスに注いで、ゆっくりと喉に流し込んだ。
……あぁ、少し飲みすぎたかな。
なんだか、普段はカチッと閉めている仕事の「点検口」が、酒の熱で勝手に緩んでいくのが分かる。視界が心地よく歪んで、頭の中には、僕が手塩にかけてリフォームし、ここに住まわせている愛おしい彼女たちの顔が浮かんでくる。
ーーー
まず脳裏を占拠したのは、屋根裏で翼を休めているアストレアさんの姿だ。
あんなに神々しい八枚の翼を持っているのに、僕が作った最新の蛇口からお湯が出るだけで「奇跡だわ!」なんて、頬を染めて感動してくれる。あの白銀の羽が、驚きと喜びでパタパタと羽ばたく瞬間、舞い落ちる光の粒は、どんな高価な建材よりも美しい。
神様なんて重たい看板を背負って数千年も一人でいた彼女を、これからは僕の設計した空間で、一生守ってあげたいと思う。彼女が、僕が贈った少し大きすぎる白いシャツ一枚を羽織って、眠気に負けてウトウトしながら雛鳥のように僕の胸の中に潜り込んでくる時、僕は職人として、これ以上ない「建物の完成」を感じるんだ。
天界の冷たい静寂よりも、僕の隣の方がずっと安心できる場所なのだと、その純粋な瞳を自分への信頼でいっぱいにさせて、誰の手も届かない場所で、彼女を一番近くで見守り続けたい。彼女の神としての孤独を、僕というただの男への甘えへとリフォームしてあげたいんだ。一生、世間知らずな女の子として、僕の手の届く範囲だけで甘やかしてやりたい……。
次に浮かんだのは、館の精霊コレットさん。
「パパ!」って全力で抱きついてくるあの無垢な信頼は、僕にとってどんな設計図よりも大切な指標だ。城そのものである彼女が、僕が柱や床を丁寧に磨くたびに「あ……っ、パパ……」と甘く震えるような声を漏らす。あの反応は、建物と職人が完全に一体化した、究極のコミュニケーションだね。
月明かりが差し込む地下の静かな貯蔵庫で、二人でお揃いのエプロンをつけて、クスクス笑いながら「お家の内緒話」をささやき合いたい。彼女を一人の少女として大切に扱って、誰にも邪魔されない場所で、僕と彼女(家)だけの深い絆を育みたいんだ。
彼女の小さな体温を抱きしめて、僕一人のために健気に尽くしてくれる彼女と、境界が分からなくなるまで寄り添い、甘え合いたい。彼女を外に出すんじゃなくて、僕が整えたこの箱庭の中に、一生大切に預かって……僕の魔力で、彼女の隅々までを隙間なく満たしてあげたいんだ。誰にも知られない、僕と彼女だけの完璧なマイホームを維持し続けたいんだよ。
そして、サキュバスのベアトリスさん。
余裕たっぷりに誘惑してくるくせに、僕が職人の目で、そのドレスの着こなしや肌の質感を「凄く綺麗だね」なんて本気で褒めると、一瞬で耳まで真っ赤にして黙り込んじゃう。あのサキュバスらしからぬ、初心で純情な横顔を見ていると、職人としての「探究心」が止まらなくなるんだ。
地下のクローゼットの奥、誰にも邪魔されない密閉された空間で、あえて清楚なエプロンドレスを着せてみたい。後ろからウエストのサイズを測るフリをして、彼女の身体をぐっと抱き寄せた時、その大きな翼を微かに震わせて恥じらう瑞々しい色気……。それを、僕だけが特等席で眺めていたいんだ。
誘惑なんて武器は置かせて、ただの「恋する女の子」として僕の腕の中で包み込んで、その可愛らしい反応を、自分だけが大切に、愛でてやりたい。彼女を甘えさせるだけでなく、僕自身も彼女の魔力的な温もりに身を委ね、彼女の魂を僕一人の存在への愛着へとリフォームしてあげたいんだ。
次に見えてきたのは、白銀の鎧を脱ぎ捨てて、隙だらけの柔らかな熱を放つカミラさんの姿だ。
普段はあんなに厳しい騎士として自分を律している彼女が、僕の前でだけ、その防備を解いて熱い吐息を漏らす。その瞬間の、なんとも言えない独占感……。騎士の忠誠なんて言葉で片付けたくない。僕は、彼女のあの鍛え上げられた、しなやかで強靭な肉体が、僕の指先一つでくたくたに萎えて、ただの『熱を持った女の子』に変わっちゃう瞬間を、本当は心から愛でているんだ。
鎧の歪みを直すふりをして、彼女の鉄壁のガードを内側から解きほぐしていく。彼女の脊椎に僕の熱を流し込んで、騎士の威厳なんて粉々にリフォームしてやりたい。彼女を重圧から解放して、その豊かな包容力に自分も子供のように甘えてしまいたいんだ。訓練後の薄暗い更衣室で、薄手のチュニック姿になった彼女を僕一人の前だけで吐かせてやりたい。彼女の強さと脆さを、自分だけの秘密にしておきたいんだよ。
それから、エルフの公女エルナ。
あのツンツンと尖った、綺麗な銀色の耳を、真っ赤にさせて震わせる彼女を見るのが、どれほど僕を昂ぶらせるか。文句を言いながらも、撫でられるのを待っているあの正直な耳……。あぁ、あの耳が「離さないで」って泣きつくまで、とことん甘やかしてあげたい。エルフの数千年の誇りなんて、僕が彼女の急所を『ボルト締め』してあげれば、一瞬でとろとろに溶けてしまうんだから。
満開の魔導温室で、あえて動きやすい農作業着を着た彼女が、泥のついた頬を赤らめながら「……あんたがいないと、ダメみたい」って泣きついてくる姿。そんな弱音を、僕一人の前だけで吐かせてやりたいんだ。強気な仮面をリフォームして、誰よりも自分に依存し、自分を求めてくれる彼女の愛らしさを、一生、傍で噛み締めたい。
そして最後は、僕が最初にこの手で救い出した、大切な聖女……セレスティアさん。
お菓子を食べる時の、あのリスみたいな愛らしい頬。お風呂上がりに、潤んだ瞳で僕を見つめる無防備な上目遣い。世界を救う重圧なんて、本当は僕が全部引き受けて、彼女をただの『普通の女の子』に戻してあげたいんだ。
深夜の静かな聖域で、薄紅色のパジャマを着た彼女が、僕の肩に頭を預けて完全に安心しきって眠る……。そんな、誰にも見せない穏やかな寝顔を、自分だけの『帰る場所』として独占したい。世界を救うために祈るその唇を、僕の名前を呼ぶためだけに使わせたい。世界を救う義務から彼女を奪い去り、自分だけを必要としてくれる彼女を、一生、抱きしめ続けていたいんだ。
(……あぁ。愛おしいな。大切だ。……みんなを、僕だけの宝物にしたい。この手で、彼女たちのすべてを甘やかして、僕なしではいられないように……)
ーーー
実際には、リアムはただテラスの椅子に腰掛け、グラスを口に運んだだけだった。
強い酒を一気に飲み干し、喉を鳴らす。
そして、グラスをテーブルにコトリと置いた。
音を立てぬよう、優しく。
愛する住人たちが、決して目を覚まさないように。
「……ふぅ。……おやすみ」
誰に聞かせるでもない、柔らかな独り言。
リアムはそのまま椅子に深く身体を預け、数秒後にはにこやかな寝顔で眠りに落ちた。
時計の針は、グラスを口に運んでから、わずか十秒しか進んでいない。
聖域の主、慈悲深き領主、不器用なほどに誠実なリフォームバカ。
目の前にこれだけの美女たちが揃い、彼女たちが全身全霊で彼を求めているというのに、本人はただ「メンテナンスの必要性」だけを考えて、すやすやと眠っている。
その心の扉の奥に、一人の男としての、獣のような熱い独占欲が眠っていることにも、自分自身でさえ気づかないまま。




