第24.5話【5/6】:館の精霊と床下の甘いささやき
第24.5話【5/6】:館の精霊と床下の甘いささやき
地下クローゼットでベアトリスの「お直し」を終え、地上階へと戻ってきたリアムを待っていたのは、いつもの騒がしい突撃ではなかった。
ホールの大きな柱の陰から、館の精霊コレットがひょこりと顔を出し、いたずらっぽく笑って人差し指を口に当てた。
「しーっ、だよ、パパ。……みんな、お庭の不審者(ゴミ箱)の片付けに夢中だから……今のうちに、私と『内緒の点検』しにいこ?」
コレットはリアムの手を握ると、実体化した柔らかな感触で彼を導いた。
向かったのは、城の最下層。リフォーム済みの魔導ボイラーが静かに唸る、住人たちも滅多に立ち入らない「城の心臓部」だった。
*
薄暗い地下室。だが、リアムが整えた「自浄式の魔法松明」が、石壁を温かな琥珀色に照らしている。
コレットはリアムの腕の中に潜り込むようにして、床に座り込んだ。
「ねぇ、パパ。……最近、お家の中が、すごく賑やかでしょ? セレスティアさんの聖なる匂いとか、カミラさんの硬い鎧の音とか、エルナさんの精霊の歌……。……ベアトリスさんの甘い香りは、ちょっと強すぎるけど」
コレットはクスクスと笑いながら、リアムの胸に耳を当てた。
リアムもまた、彼女の小さな肩を抱き寄せ、城の基礎部分の鼓動を肌で感じる。
「……そうだね。ボロ屋だった頃には考えられないくらい、良い『生活音』が響いているよ。……コレットさん、君が頑張って彼らを受け入れてくれているおかげだ」
「えへへ。……だって、パパがこんなに綺麗に私を直してくれたんだもん。……私ね、夜中にパパが廊下を歩く足音を聴くのが、一番好きなの。……トントンって、私の身体を大切に確かめてくれてるみたいで……」
二人は、他のヒロインには聞かせられない「家と家主」だけの内緒話を続けた。
リアムが以前直した屋根裏の雨漏りの思い出や、新しく設置したキッチンの排水の調子。
コレットは、リアムの魔力が城の隅々まで行き渡るたびに、自分がどれほど愛されていると感じるかを、少女らしい甘い言葉でささやき返した。
「パパの魔力、あったかくて、ちょっとくすぐったいんだよ? ……でもね、それがないと、私……もう、ただの石と木に戻っちゃう気がするの。……ずっと、私(この家)をリフォームし続けてね?」
「……もちろんだよ。……君は、僕が世界で初めて手に入れた『本当の家』なんだから。……一生、僕の手で守り抜くよ」
リアムが優しく囁き、コレットの額にそっと唇を寄せた。
コレットは幸せそうに目を細め、リアムの首にしがみついてクスクスと笑う。
それは、激しい魔法のぶつかり合いや、騒がしい正妻争いとは無縁の、穏やかで濃密な「家族」の時間だった。
「……大好きだよ、パパ。……世界中のどんな宮殿よりも、私はパパに住んでもらえることが……」
コレットが甘い言葉を最後まで紡ごうとした、その時だった。
リアムの職人としての「指先の感覚」が、ある一点の違和感を捉えた。
「……あ。……ちょっと待って、コレットさん」
「えっ……? ……パパ、急にどうしたの? 今、すごく良い雰囲気だったのに……」
リアムはコレットを膝から降ろすと、背後の「城の主柱」の基部へと這いつくばった。
彼の目は、もはや愛する娘(家)を見る目ではなく、不具合を見逃さない「鬼の職人」のそれに変わっていた。
「……ここだ。……この基部のボルト、僅か一ミリだけ緩んでいる。……それに、接続部にわずかな『汚れ(呪いの滓)』が残っているじゃないか! ……これは重大な設計ミスだ、今すぐ直さないと!」
「ふぇっ!? ……あ、あ、あああああぁぁぁっ! ……パパ、急に、そんな……っ! そこ、一番恥ずかしいところなのにぃ!!」
リアムは躊躇なく工具を取り出し、主柱の基部へと「ボルト締め(魔力固定)」を敢行した。
カチッ、カチッ、と精密な音が地下室に響く。
柱と直結しているコレットは、全身をビクンと跳ねさせ、顔を真っ赤にして床に突っ伏した。
「あ、ああああ……っ! 入ってくる……っ! パパの、太い魔力が……っ! 汚れを……汚れを全部、掻き出されてるぅぅぅ……っ!!」
「よし、これで良し。……ふぅ。……危なかった、この一ミリの緩みが、将来的に城全体の歪みに繋がるところだったよ。……あ、コレットさん、どうしてそんなに涙目なの? ……あ、身体が熱いな。……また風邪かな?」
「……パパの、ばかぁぁぁぁぁ!! ……せっかく……せっかく甘い時間だったのに……最後はやっぱり、お仕事なんだからぁ!!」
コレットの叫びが、城全体を激しく揺らした。
屋根の上の古龍が「……おい、また地震か? この家はよく揺れるな……」と寝返りを打つ。
リアムは「職人として当然のことをしたまでだよ」と首を傾げながら、泣きべそをかくコレットを抱き上げた。
甘いささやきも、激しいメンテナンスも。
すべてをひっくるめて、リアムと「家」の絆は、誰よりも深く、堅牢にリフォームされていくのだった。
*
地下から戻ってきたリアムを待っていたのは、最上階から降りてきた、月光を纏う天翼族の姿だった。
「……最後は、私の番ね。……リアム。……私の建付けも……診てくれるかしら?」
アストレアの静かな、けれど逃がさないという意志に満ちた声が響く。
個別メンテナンスの巡回は、ついに「神」の領域へと辿り着こうとしていた。
Q:コレットが感じた「一ミリの緩み」の影響は?
A: 実際には、城の強度に即座に影響が出るレベルではありません。しかし、リアムにとっては「愛する我が家の完璧な平穏」を乱す重大な欠陥でした。この「一ミリへの執着」こそが、コレット(館)がリアムをパパとして慕い、同時に一人の男として意識してしまう最大の原因でもあります。
Q:地下での内緒話の内容は?
A: 建物としての記憶を共有する行為です。リアムが壁を塗り替えるたびに、コレットは自分の皮膚が新しくなるような多幸感を得ており、二人の会話は「肉体(構造体)の共有」に近い意味を持っています。




