表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/89

第24.5話【5/6】:館の精霊と床下の甘いささやき

第24.5話【5/6】:館の精霊と床下の甘いささやき


 地下クローゼットでベアトリスの「お直し」を終え、地上階へと戻ってきたリアムを待っていたのは、いつもの騒がしい突撃ではなかった。

 ホールの大きな柱の陰から、館の精霊コレットがひょこりと顔を出し、いたずらっぽく笑って人差し指を口に当てた。


「しーっ、だよ、パパ。……みんな、お庭の不審者(ゴミ箱)の片付けに夢中だから……今のうちに、私と『内緒の点検』しにいこ?」


 コレットはリアムの手を握ると、実体化した柔らかな感触で彼を導いた。

 向かったのは、城の最下層。リフォーム済みの魔導ボイラーが静かに唸る、住人たちも滅多に立ち入らない「城の心臓部」だった。


     *


 薄暗い地下室。だが、リアムが整えた「自浄式の魔法松明」が、石壁を温かな琥珀色に照らしている。

 コレットはリアムの腕の中に潜り込むようにして、床に座り込んだ。


「ねぇ、パパ。……最近、おわたしの中が、すごく賑やかでしょ? セレスティアさんの聖なる匂いとか、カミラさんの硬い鎧の音とか、エルナさんの精霊の歌……。……ベアトリスさんの甘い香りは、ちょっと強すぎるけど」


 コレットはクスクスと笑いながら、リアムの胸に耳を当てた。

 リアムもまた、彼女の小さな肩を抱き寄せ、城の基礎部分の鼓動を肌で感じる。


「……そうだね。ボロ屋だった頃には考えられないくらい、良い『生活音』が響いているよ。……コレットさん、君が頑張って彼らを受け入れてくれているおかげだ」


「えへへ。……だって、パパがこんなに綺麗に私を直してくれたんだもん。……私ね、夜中にパパが廊下を歩く足音を聴くのが、一番好きなの。……トントンって、私の身体を大切に確かめてくれてるみたいで……」


 二人は、他のヒロインには聞かせられない「家と家主」だけの内緒話を続けた。

 リアムが以前直した屋根裏の雨漏りの思い出や、新しく設置したキッチンの排水の調子。

 コレットは、リアムの魔力が城の隅々まで行き渡るたびに、自分がどれほど愛されていると感じるかを、少女らしい甘い言葉でささやき返した。


「パパの魔力、あったかくて、ちょっとくすぐったいんだよ? ……でもね、それがないと、私……もう、ただの石と木に戻っちゃう気がするの。……ずっと、私(この家)をリフォームし続けてね?」


「……もちろんだよ。……君は、僕が世界で初めて手に入れた『本当の家』なんだから。……一生、僕の手で守り抜くよ」


 リアムが優しく囁き、コレットの額にそっと唇を寄せた。

 コレットは幸せそうに目を細め、リアムの首にしがみついてクスクスと笑う。

 それは、激しい魔法のぶつかり合いや、騒がしい正妻争いとは無縁の、穏やかで濃密な「家族」の時間だった。


「……大好きだよ、パパ。……世界中のどんな宮殿よりも、私はパパに住んでもらえることが……」


 コレットが甘い言葉を最後まで紡ごうとした、その時だった。

 リアムの職人としての「指先の感覚」が、ある一点の違和感を捉えた。


「……あ。……ちょっと待って、コレットさん」


「えっ……? ……パパ、急にどうしたの? 今、すごく良い雰囲気だったのに……」


 リアムはコレットを膝から降ろすと、背後の「城の主柱メイン・フレーム」の基部へと這いつくばった。

 彼の目は、もはや愛する娘(家)を見る目ではなく、不具合を見逃さない「鬼の職人」のそれに変わっていた。


「……ここだ。……この基部のボルト、僅か一ミリだけ緩んでいる。……それに、接続部にわずかな『汚れ(呪いの滓)』が残っているじゃないか! ……これは重大な設計ミスだ、今すぐ直さないと!」


「ふぇっ!? ……あ、あ、あああああぁぁぁっ! ……パパ、急に、そんな……っ! そこ、一番恥ずかしいところなのにぃ!!」


 リアムは躊躇なく工具を取り出し、主柱の基部へと「ボルト締め(魔力固定)」を敢行した。

 

 カチッ、カチッ、と精密な音が地下室に響く。

 柱と直結しているコレットは、全身をビクンと跳ねさせ、顔を真っ赤にして床に突っ伏した。


「あ、ああああ……っ! 入ってくる……っ! パパの、太い魔力が……っ! 汚れを……汚れを全部、掻き出されてるぅぅぅ……っ!!」


「よし、これで良し。……ふぅ。……危なかった、この一ミリの緩みが、将来的に城全体の歪みに繋がるところだったよ。……あ、コレットさん、どうしてそんなに涙目なの? ……あ、身体が熱いな。……また風邪カビかな?」


「……パパの、ばかぁぁぁぁぁ!! ……せっかく……せっかく甘い時間だったのに……最後はやっぱり、お仕事リフォームなんだからぁ!!」


 コレットの叫びが、城全体を激しく揺らした。

 屋根の上の古龍が「……おい、また地震か? この家はよく揺れるな……」と寝返りを打つ。


 リアムは「職人として当然のことをしたまでだよ」と首を傾げながら、泣きべそをかくコレットを抱き上げた。

 甘いささやきも、激しいメンテナンスも。

 すべてをひっくるめて、リアムと「家」の絆は、誰よりも深く、堅牢にリフォームされていくのだった。


     *


 地下から戻ってきたリアムを待っていたのは、最上階から降りてきた、月光を纏う天翼族の姿だった。


「……最後は、私の番ね。……リアム。……の建付けも……診てくれるかしら?」


 アストレアの静かな、けれど逃がさないという意志に満ちた声が響く。

 個別メンテナンスの巡回は、ついに「神」の領域へと辿り着こうとしていた。


Q:コレットが感じた「一ミリの緩み」の影響は?

A: 実際には、城の強度に即座に影響が出るレベルではありません。しかし、リアムにとっては「愛する我が家の完璧な平穏」を乱す重大な欠陥でした。この「一ミリへの執着」こそが、コレット(館)がリアムをパパとして慕い、同時に一人の男として意識してしまう最大の原因でもあります。

Q:地下での内緒話の内容は?

A: 建物としての記憶を共有する行為です。リアムが壁を塗り替えるたびに、コレットは自分の皮膚が新しくなるような多幸感を得ており、二人の会話は「肉体(構造体)の共有」に近い意味を持っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ