第24.5話【4/6】:サキュバスの誘惑と四次元クローゼットの秘め事
聖域の城の庭、リアムが設置した『迷宮庭園』。
そこでは、白銀の法衣を纏った異端審問官たちが、一晩中「自動洗浄トラップ」にかけられ、ゴミ箱の中でピカピカに磨き上げられて絶望していた。
「……リアム様! あそこのゴミ箱に詰まっている不審者たち、聖女の私から見ても、これ以上の浄化は命に関わりますわ! どうにかしてくださいまし!」
セレスティアがバルコニーから叫び、カミラが「主殿、私が一喝して追い出そうか?」と剣の柄を鳴らしている。
そんな喧騒を余所に、リアムの背後から甘い香りが漂ってきた。
「あらぁ、あんなむさ苦しい連中の相手はあの二人に任せておけばいいのよぉ。……それより、リアム。……私のテリトリー(地下)で、少し深刻な『不具合』が出ているの。……診てくれるかしら?」
漆黒の翼を優雅に揺らし、サキュバスのベアトリスがリアムの腕を絡め取った。
彼女の紫色の瞳には、獲物を逃さない捕食者の色と、それ以上に深い「渇き」が宿っている。
「……地下の不具合? クローゼットの空間拡張術式に熱暴走でも起きたのかい? それは重大な設計ミスだ。……すぐに行こう」
「ええ、ええ。……熱い(・・)のは確かだわ。……ふふふ」
ベアトリスに引かれるまま、リアムは地下の深淵へと足を踏み入れた。
*
地下二階、リアムが彼女のために爆誕させた【ウォークイン・マジック・クローゼット】。
重厚な石の扉が閉まると、そこは外の喧騒が一切届かない、無限に広がる豪華な衣裳部屋となった。
数千着のドレスが浮かび、宝石箱が星のように輝く、文字通りの四次元空間だ。
「……さて。……どこが『熱い』の、ベアトリスさん。……魔導診断機で見ても、室温は一定に保たれているはずだけど」
「……ここよ。……この、新しいドレスのサイズが、どうしても合わないの」
ベアトリスが指し示したのは、彼女の豊かな肢体を包む、真紅のタイトなドレスだった。
背中のジッパーが半開きのまま止まっており、そこから彼女の滑らかな背中と、漆黒の翼の付け根が剥き出しになっている。
「……おかしいな。……設計図(採寸)の段階では、余裕を持ってリフォームしたはずなんだけど。……少し、失礼しますね」
リアムは職業病とも言える真剣な顔で、ベアトリスの背後に回り込んだ。
彼は【魔導設計図】で、彼女の身体の曲線をスキャンした。
「……あ。……ベアトリスさん、これ、建物の欠陥じゃない。……君の『肉付き(ビルド)』が良くなっているんだ。……魔力が膨張して、以前のサイズじゃ対応しきれなくなっている」
「あらぁ、はっきり言うわねぇ。……それなら、貴方が私の身体に合わせて、直接『お直し(・・・・)』してくれるのかしら?」
「ええ。……生地をいじる前に、君の体内の魔力圧を下げないと、またすぐに破けてしまいます。……じっとしていてください。……余分な熱を、今すぐ逃がしてあげますから」
リアムは迷いなく、ベアトリスの柔らかな腰の曲線に手を添えた。
そして、翼の付け根――サキュバスにとって最も敏感で、魔力の奔流が集まる「構造的な要」に指先を沈めた。
スキル――【神の左官】。
「ひ……あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ベアトリスが大きくのけぞり、壁の棚に手を突いた。
リアムの指先から、黄金色の洗浄魔力が彼女の体内へと爆流となって流れ込む。
それは魔王軍時代に受けていた、どんな野蛮な誘惑や暴力的な魔力とも違う。
「君を最高の状態に整えたい」という、職人の純粋な執念と愛着。その一点のみで研ぎ澄まされた、究極のメンテナンス(愛撫)だった。
「っ、はぁ……っ、はぁ……リアム……! ……あ、ああ、そこ……っ! そんなに……丁寧に、測られたら……。……私、魔王軍の幹部だったことなんて、忘れちゃう……っ!」
「我慢してください。……ここが滞っているから、ドレスの着心地が悪くなるんだ。……ほら、このアーチ(腰のライン)を少し押し流して……よし、綺麗に整った」
リアムの指先が、彼女の脊椎から尾てい骨、そして脚の付け根へと滑らかに滑っていく。
ベアトリスの瞳から、誘惑の光が消えた。
代わりに宿ったのは、一人の住人として、管理職として、そして一人の女として、リアムという「家主」にすべてを委ねたいという、剥き出しの依存心だった。
「……あ。……身体が、軽い。……魔力が、貴方の指先に吸い取られて……真っ白に書き換えられていくみたい……」
「完了です。……さあ、ジッパーを上げますよ」
リアムがスッと手を動かすと、先ほどまでびくともしなかったドレスのジッパーが、吸い付くように滑らかに閉まった。
ベアトリスの身体は、以前よりもさらに妖艶で、かつ洗練された曲線美を描き、ドレスと一体化していた。
「……お直し、完璧です。……ベアトリスさん、鏡を見てごらん。……君は今、この家で一番輝いているよ」
リアムが背後から彼女の肩に手を置く。
鏡に映ったのは、頬を朱に染め、かつてないほど幸福そうな顔をしたサキュバスの姿だった。
「……ふふ。……憎いわねぇ、リアム。……こんなに完璧に仕上げられたら……。……もう、貴方以外の男(リフォーム師)の手なんて、不潔で触れられないわ……」
ベアトリスは振り返り、リアムの首を強く抱き寄せた。
密閉された四次元クローゼットの中。
サキュバスは、誘惑の魔法など一切使わず、ただ一人の女としての熱い吐息をリアムの耳元に吹きかけた。
「……約束して。……このクローゼットの奥は、私と貴方だけのものよ。……他の女たちには……絶対、見せちゃダメ。……いいわね?」
「ええ。……ここは君専用の、特別な空間ですから」
リアムが穏やかに微笑むと、ベアトリスは満足げに目を細め、彼の胸の中に深く潜り込んだ。
地下の深淵。
そこは、地上でドタバタと不審者を処理しているヒロインたちが決して立ち入れない、二人だけの「愛の倉庫」となっていた。
*
数分後。
ようやく地下から這い上がってきたリアムの前に、仁王立ちする少女がいた。
「パパ! 地下でベアトリスさんと何してたのー! ……お家(私)の床下が、すっごく熱くなってたんだからね! 次は私の番なんだから、絶対に逃がさないよぉ!」
館の精霊コレットが、ぷんぷんと怒りながらリアムの腰にしがみつく。
聖域の城の「メンテナンス・ロード」は、いよいよ本体(建物)そのものへの介入へと向かおうとしていた。




