第24.5話【3/6】:聖域の夜会・職人を奪い合う乙女たち
深夜の静寂が支配するはずの『聖域の城』の廊下は、異様な熱気に包まれていた。
カミラの部屋で一時間以上にわたる「全身のボルト締め(メンテナンス)」を終え、心地よい疲労感と共にリアムが扉を開けた、その瞬間である。
「……遅すぎますわ、リアム様!!」
目の前に立ちはだかったのは、腕組みをして仁王立ちする聖女セレスティアだった。
その隣には、不機嫌そうに耳を震わせるエルナ、妖艶な笑みを浮かべつつも目が笑っていないベアトリス、そしてリアムの足元に即座にしがみつくコレットが勢揃いしていた。
「あ、みんな……。まだ起きていたのかい? もう丑三つ時だよ」
「起きていた、ではありませんわ! カミラさんの部屋からあんな……その、破廉恥な音が漏れてくるのを一時間も聞かされて、安眠できるはずがありませんことよ!」
「そうよ! ボルト締めなんて言いながら、あんた、カミラにだけ特別な『グリス(魔力)』を塗りたくってたでしょう! 私の肌の調湿リフォームより長引くなんて、職人として計算が合わないわ!」
エルナが指を突きつけて抗議する。背後ではベアトリスが、ゆらりと翼を広げてリアムの逃げ道を塞いだ。
「あらぁ、リアム。私の『クローゼット点検』も、今夜中に終わらせてくれるって約束したじゃない? ……あんなに激しくカミラを鳴かせる体力が残っているなら、私の相手も……たっぷり、してちょうだいねぇ」
「パパ、私の柱も! 私の柱も熱くなってるのぉ! 今すぐ磨いてくれないと、お家が燃えちゃうよぉ!」
四方向からの猛烈なプレス。
24歳の若き職人リアムは、彼女たちの「メンテナンス(独占欲)」という名の荒波に揉まれ、たじろいだ。
「わ、わかった! みんな落ち着いて。……一人ずつ部屋を回っていたら、朝までに僕の魔力が空っぽになって、城の維持ができなくなっちゃうよ。……よし、それならこうしよう」
リアムは職人としての「効率的な解決策」を思いついた。
彼は一階の大広間を指差し、スキルを起動した。
「今夜は、ここで全員まとめて『広域合同メンテナンス(おやすみ会)』を行う! ……即興で、最高の雑魚寝環境をリフォームするから!」
「「「「「雑魚寝……ですって(のよ・か・よぉ・なの)!?」」」」」
*
数分後。
城の大広間は、驚天動地の変貌を遂げていた。
中央に並べられていた豪華な応接セットは、リアムの魔力によって「融合・拡張」され、直径六メートルを超える巨大な円形多機能カウチへとリフォームされた。
素材は、カミラのメンテナンスでも使用した「高反発・精霊綿」。
さらに、中央には精神を極限までリラックスさせる「虹色魔導暖炉」が爆誕し、パチパチという心地よい音と共に、住人の自律神経を強制的に整えるアロマの煙を吐き出している。
「さあ、みんな座って(寝て)ごらん。……ここは、僕の魔力と城のシステムを直結させた『究極の休息空間』だ。……ここにいれば、僕が一人ずつ触れなくても、全員同時にメンテナンスができるんだよ」
リアムに促され、半信半疑でカウチに身を沈めるヒロインたち。
瞬間、彼女たちの口から「あ……っ」という、魂が抜けるような声が漏れた。
「なに、これ……。……腰から下が、とろけていくようですわ……」
「……っ。……精霊たちが、私を包み込んで……歌ってくれているみたい……」
五人のヒロイン(いつの間にか着替えて合流したカミラも含む)が、円形のカウチに放射状に横たわる。
そしてその中心には、全てのメンテナンスを司る「柱」として、リアムが座らされた。
「よし。……スキル――【万全の住空間】・全周回放流!」
リアムの両手から黄金色の魔力が奔流となって溢れ出し、カウチを介して五人の少女たちへと流れ込んだ。
それは、一人ずつのメンテナンスで行っていた濃密な魔力供給を、広域に薄めて、けれど絶え間なく注ぎ続ける職人の荒業だった。
「……ああ、リアム様……。……温かい……。……貴方の魔力が、指先を通さなくても、こんなに伝わってきますわ……」
セレスティアがリアムの右腕を抱き込み、その温もりに顔を寄せる。
対抗するように、エルナが左腕を、カミラがリアムの背中をがっしりとホールドした。
「……これ、いいじゃない。……独り占めはできないけど……みんなで共有するリアムも、悪くないわね……」
エルナが微睡みながら、リアムの肩に頭を預ける。
「主殿……。……このカウチの弾力……まるで、貴殿の腕の中にいるようだ……。……私は、もう……一歩も動けんぞ……」
カミラが兜のない無防備な顔で、リアムの腰に腕を回す。
足元ではベアトリスがリアムの膝に足を乗せ、お腹の上にはコレットが丸まって寝息を立て始めた。
24歳の健康な男子であるリアムにとって、五人の美女に全方向から密着されるという状況は、文字通り「身動きの取れない」試練であった。
だが、職人の執念が煩悩を上回る。
「……あ。……セレスティアさん、そこ、少し魔力が滞ってるね。……ちょっと失礼」
リアムは腕を動かそうとしたが、密着されすぎて指先しか動かせない。
仕方なく、彼は魔力を指先から「糸」のように伸ばし、ヒロインたちの身体を優しく、けれど執拗にマッサージ(リフォーム)し始めた。
「……っ、ひゃうんっ!? リアム様、今、変なところが……っ!」
「……あぁ、そこ……そこがいいのよ、リアム……っ」
広域メンテナンスという名のおやすみ会は、いつしか五人の乙女たちが代わる代わる甘い声を漏らす、極めて不健全(リアム本人は至って真面目)な夜会へと変質していった。
黄金の暖炉の光に照らされ、六人の影が一つに溶け合う。
リアムの放つ圧倒的な「快適さ」という名の支配。
それに抗う者は、もはやこの城には一人もいなかった。
*
翌朝。
城の庭を掃除していた自動ゴーレムが、大広間の惨状――もとい、幸せそうに絡まり合って眠る六人の姿を発見した。
「パパ……。……朝だよ。……お庭の迷宮のゴミ箱に、なんだか『白銀の服を着た、すっごく真面目そうな人たち』が詰まってるよー」
コレットの寝ぼけ声で目を覚ましたリアムは、腕の中で幸せそうに微笑むセレスティアやエルナを優しく引き剥がしながら、大きく背伸びをした。
「……おっと。……どうやら、新しいリフォームの依頼(敵襲)が来たみたいだね。……みんな、朝ごはんにしよう。……しっかり食べないと、重たい工事(防衛戦)はできないからね」
リアムの言葉に、ようやく目を覚ましたヒロインたちが、満足感に満ちた(けれど、どこか名残惜しそうな)顔で起き上がる。
聖域の城に、新たなる騒動の予感が漂い始めていた。




