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第24.5話【1/6】:エルフの姫と月下の調湿リフォーム

 古龍エインヘイルが城の屋根に居着き、天翼族のアストレアが「真の守護神」として目覚めてから、聖域の魔力密度はかつてないほどに高まっていた。

 だが、住環境が劇的に向上すれば、そこに住む者たちの「感覚」もまた、より鋭敏に、より繊細にリフォームされていく。


「……リアム。ちょっと、あんた。私の部屋に来なさいよ」


 夕食後のティータイム。

 自室へ戻ろうとしていたリアムの袖を、エルフの姫エルナがぐいと引っ張った。

 透き通るような銀髪を揺らし、尖った耳を不機嫌そうにピコピコと動かしている。


「どうしたの、エルナ? ……あ、もしかして、また部屋の建付けが悪くなった?」


「……鈍感ね、あんた。建物コレットの方は絶好調よ。……問題なのは、精霊の『通り』よ。最近、なんだか空気が重たくて、私の肌が……その、潤い不足・・・・・な気がするのよ」


「潤い不足……。それは職人として聞き捨てならないな。エルフの繊細な肌を乾燥させるなんて、設計ミスにも等しいよ。……わかった、今夜、緊急点検メンテナンスに行こう」


 リアムが真剣な顔で頷くと、エルナは「……ふん。……早く来なさいよね」と、そっぽを向いて足早に階段を上がっていった。

 その背中を見送りながら、リアムは愛用の工具カバンに、最高級の「精霊石の粉末」と「高純度アロマ魔導液」を詰め込んだ。


     *


 深夜。

 月光が窓から差し込み、青白い光の道を作っているエルナの寝室。

 リアムがドアをノックして中に入ると、そこには薄手の、絹のような寝巻きに身を包んだエルナが、ベッドの端に腰掛けて待っていた。

 お風呂上がりなのだろうか、彼女の周囲には微かに石鹸の香りと、エルフ特有の森の香りが混ざり合って漂っている。


「……遅いわよ。……もう、寝ようかと思ってたところなんだから」


「ごめんね。……アストレアさんの寝床の最終調整で、少し手間取っちゃって。……さあ、さっそく点検を始めよう。……失礼して、壁の『調湿漆喰』から診ていくよ」


 リアムはエルナの言葉を額面通りに受け取り、職人の顔で作業を開始した。

 彼は壁にそっと手を当て、スキル【魔導設計図マテリアル・アイ】を発動する。


「……なるほど。……確かに、部屋の隅の空気循環が、わずかに滞っている。……アストレアさんが目覚めたことで、城全体の魔力圧が上がって、精霊たちが少し『目詰まり』を起こしているんだね」


 リアムはカバンから細いノミのような魔導具を取り出すと、壁の隅にある隠し魔法陣の術式を、微細な手つきで削り取り、書き換えていく。


「スキル――【精密調湿リフォーム】。……これで、外気の湿度を最適に保ちつつ、精霊の呼吸をスムーズにするよ」


 パキィィィィィィン、と澄んだ音が部屋に響いた。

 瞬間、部屋の空気が一変した。

 重苦しかった停滞感が消え、まるで深い森の奥、朝露に濡れた苔の上を歩いているような、瑞々しくも清涼な空気が部屋を満たしていく。


「……あ。……すごい。……急に、息がしやすくなったわ」


「まだ終わってないよ、エルナ。……部屋を直しても、そこに住む君自身・・・が整っていなければ、リフォームは完成したとは言えないからね」


 リアムはエルナの前に膝をついた。

 彼女の細く、白い足首を、迷いのない手つきでそっと掴む。


「……っ!? な、なな、何するのよ、あんた! ……急に、足なんて……っ」


「じっとしていて。……君の魔力回路、この部屋の気圧の変化に付いていけなくて、末端で少し『建付け』が狂ってる。……僕が今、直接、通りを良くしてあげるから」


 リアムの指先から、黄金色の魔力が溢れ出した。

 それは彼女の足首から、ふくらはぎ、そして太ももへと、神経をなぞるように滑らかに昇っていく。


「っ……あ……ああああ……っ! なに、これ……。……あんたの指、熱い……熱すぎるわよ……っ!」


 エルナの全身が、小刻みに震え出した。

 エルフにとって、魔力回路を他人に弄られることは、魂を直接愛撫されるのと同じ、極めて親密で、かつ官能的な行為だ。

 リアムの指先が、彼女の膝の裏――精霊力が最も集中する急所に触れた瞬間、エルナの口から甘い吐息が漏れた。


「……っ。……はぁ、はぁ……リアム……。……あんた、本当に……職人なの……? ……こんなの……私を、壊す気なんじゃないの……?」


「壊すわけないだろう。……僕は君に、世界で一番快適に過ごしてほしいんだ。……ほら、ここを少し『ボルト締め(魔力固定)』するだけで、魔力の流れがこんなに綺麗になる」


 リアムの言葉は、どこまでも純粋で、それゆえに恐ろしかった。

 彼は、彼女を「一人の女性」として口説いているのではない。

 「最高に価値のある住人」として、その心身を極限までチューニングしているのだ。

 

 リアムの指が、彼女の腕から肩、そして耳の裏側へと這い上がる。

 敏感な耳の付け根を、リアムの親指が優しく、けれど確実に圧迫しながら回していく。


「……ひゃんっ!? あ、だめ……そこ、そんな……っ。……あああああぁぁぁぁ……っ!」


 エルナはリアムの肩に顔を埋め、震える手で彼の作業着を強く握りしめた。

 身体の芯から、古い角質が剥がれ落ちるような、そして真っ白な新築の光で満たされるような、暴力的なまでの浄化。

 リアムのメンテナンスが終わる頃、エルナの肌は、月の光を浴びて真珠のような輝きを放っていた。


「……ふぅ。……これで完了だ。……魔力の循環効率が三割ほど向上したよ。……エルナ、気分はどうだい?」


「……。……最低よ」


 エルナは顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でリアムを睨みつけた。

 だが、その声には一切の拒絶はなかった。

 むしろ、あまりの「居心地の良さ」に、魂の底までリアムにリフォームされてしまった自分への、不甲斐ない敗北感が滲んでいた。


「……こんなに、身体を軽くされちゃったら……。……もう、あんたがいないと、まともに歩くこともできなくなるじゃない……。……責任、取りなさいよね。……明日も、明後日も……一生、私の建付け(・・・)を、診に来るのよ……分かった?」


「ええ、もちろん。……僕はここの領主(家主)ですから。……君のことは、一生、僕が責任を持ってメンテナンスし続けますよ」


 リアムが穏やかに微笑み、彼女の銀髪をそっと撫でた。

 その優しい手に、エルナは抗うことをやめ、幸せそうな溜息を漏らして彼に身を預けた。


     *


 リアムが満足げにエルナの部屋を後にし、廊下へ出た。

 すると、そこには。


「……リアム様。……エルナさんの部屋だけ、一時間以上もかけるなんて、少し不公平ではありませんこと?」

 聖女セレスティアが、暗がりに光る眼差しを向けて立っていた。


「……主殿。……私の鎧にも、今夜は、深刻な『歪み』が生じている気がするのだが……」

 カミラが、鎧を脱いだ薄着の姿で、真剣な顔をして控えている。


「……はぁ。……順番待ちは、職人にとって嬉しい悲鳴だね。……よし、次はカミラさん。……寝室の『ボルト締め』に行こうか」


 リアムの長い夜は、まだ始まったばかりだった。


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