第24話:聖域の空気が、世界を書き換える
アストレアが目覚め、リアムが城の最上階を「神域」へとリフォームしてから数日。
聖城から放たれる黄金の浄化光は、かつての「死の森」を突き抜け、数十キロ先にある連峰の頂すらも照らし出していた。
だが、そのあまりにも「正しい環境」への激変が、この地の古参である住人の逆鱗に触れた。
ズゥゥゥゥゥン……ッ!!
突如、城全体が悲鳴を上げるような衝撃が走り、空が巨大な影に覆われた。
コレットが「パパ! 屋根の上に、すっごく重たくて、すっごく怒ってる子が乗ってるよぉ!」と叫び、リアムの足元にしがみつく。
「……屋根の耐荷重テスト、まだ終わってなかったのに。誰だい、不法投棄みたいな降り方をするのは」
リアムがバルコニーへ出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
城の尖塔を抱え込むようにして、漆黒の鱗を持つ巨大な生物――伝説の古龍が、黄金に輝く屋根の上に居座っていたのだ。
『……やかましい。やかましいぞ、人間。……我が眠りを妨げる、この眩しすぎる光と、建付けの良すぎる魔力の響きは何事だ……!』
古龍の咆哮が、城の窓ガラスをビリビリと震わせる。
数千年間、隣の山で深い眠りについていた龍にとって、リアムが整えすぎた「超・快適な聖域の波動」は、静かな寝室に爆音のオーケストラを送り込まれたようなものだったらしい。
「リアム様、危ないですわ! あれは『終焉の黒龍』の一族……一息で国を滅ぼすと言われる伝説の魔獣ですわよ!」
セレスティアが杖を構えて飛び出してくるが、リアムは龍の顔をじっと見つめ、呆れたように溜息をついた。
「……古龍さん。苦情を言いに来るのは勝手ですけど、その姿……職人として見過ごせませんよ。……鱗の隙間に数千年分の呪いの煤が溜まって、目詰まりしてるじゃないですか」
『……ぬ? 何を……ぐわっ!?』
リアムは龍の返事を待たず、腰のベルトからリフォーム用の『高圧魔導スプレー』を取り出した。
それは本来、城の外壁を洗浄するために設置した、聖域の魔力を水圧に変えて噴射する装置だ。
「スキル――【外装フルクリーニング・高圧聖水洗浄】!」
シュバァァァァァァァッ!!
リアムが屋根のレバーを操作すると、各所に隠されていたスプリンクラーから、超高純度の聖水が龍の全身に叩きつけられた。
『ぎゃあああああああ!? 冷た……いや、熱い!? なんだ、この、魂まで洗われるような感覚は……っ!』
「動かないで。……その鱗の隙間に溜まった汚れが、地脈の音を歪ませて、あなたの寝心地を悪くしていた原因なんですよ。……さあ、次は研磨をかけます」
リアムは屋根の上を軽やかに走り、龍の巨大な背中に飛び乗った。
スキル【神の左官】を発動した手が、煤けていた黒い鱗をなぞる。
すると、触れた箇所から泥のような呪いが剥がれ落ち、下から「真夜中の星空」のような、深い輝きを放つ本来の鱗が露出していく。
『おお……っ。……おおおおお……っ! そこ、そこだ……数千年間、ずっと痒かった場所だ……。……ああ、極楽……。……不届きな人間だと思っていたが……貴様、なかなかの腕を持っているではないか……』
先ほどまで国を滅ぼすと息巻いていた古龍が、リアムの手付きに翻弄され、巨大な犬のようにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「リアム、あんた……龍の鱗までリフォームしちゃうの? ……もう、驚くのにも疲れたわ」
エルナが弓を下ろし、呆れ顔で呟く。
だが、リアムの作業は「掃除」だけでは終わらない。
彼は龍の背中の上で、城の尖塔をさらに高く増築するための設計図を広げた。
「アストレアさん。……君の浄化の歌声を、もっと遠くまで届けたいんだ。……この古龍さんを『中継基地』として使わせてもらってもいいかな?」
「ええ。……私の家臣が、貴方の役に立つのなら……。……さあ、エインヘイル。……その翼を、リアムのために広げなさい」
アストレアが屋根の上に降り立ち、凛とした声で命じる。
古龍はリアムの「鱗リフォーム」の快感ですっかり骨抜きになっており、二つ返事で巨大な翼を天高く掲げた。
「よし。……スキル――【魔導放送アンテナ(歌声増幅器)】・増築!」
リアムが龍の背中の中心点と、城の尖塔を魔力のラインで連結した。
そこへ、アストレアが透き通るような浄化の歌を口ずさむ。
その瞬間。
龍の翼が巨大なパラボラアンテナのように機能し、アストレアの歌声が「物理的な波動」となって、聖域の外側へと爆発的に放射された。
波動が触れた場所から、世界が書き換わっていく。
毒の霧で覆われていた沼地が一瞬で澄んだ湖に変わり、凶暴な魔物たちはその闘争心をリフォーム(浄化)され、大人しい「聖域の番犬」へと変質していく。
枯れ果てた山々には一斉に緑が吹き、世界の一部が「リアムの設計図通り」の美しい景観へと塗り替えられていく。
「……すごい。……領地を越えて、隣の国まで浄化の光が届いているわ……」
セレスティアが、その光景に震える。
それはもはや「領地の独立」という規模ではない。
リアムがリフォームしたこの場所が、世界の「欠陥」を修正するための『心臓』となり始めたのだ。
『……ふぅ。……身軽になった。……人間よ、礼を言う。……我は決めたぞ。……ここより心地よい寝床は、この世のどこにもない』
洗浄と研磨を終え、ピカピカに輝く「銀河龍」へと進化したエインヘイルは、そのまま城の屋根に深く体を沈めた。
『我はここを動かぬ。……屋根の守護龍として、この地を脅かす羽虫共を焼き払ってやろう。……その代わり、毎月の「鱗の定期メンテナンス」を忘れるなよ?』
「ええ、もちろん。……じゃあ、龍の体温で屋根が焦げないように、龍専用の『床暖房付き断熱タイル』に貼り替えておきますね。……ついでに、背中の上に展望テラスも作っちゃおうかな」
「「「「「また増やす気ですの(のよ・ぞ・よぉ・もん)!!!」」」」」
ヒロインたちの突っ込みをBGMに、リアムはさっそく龍の背中に定規を当て始めた。
伝説の龍さえも「屋根の上の高級家具」に変えてしまったリアムの聖域。
だが、このあまりにも大規模な「世界の書き換え」は、ついに帝国の奥深くに潜む、この世界の「欠陥」を維持しようとする者たち――【聖教会・異端審問局】の軍勢を、本気で動かすことになった。
「……偽りの神と、不遜な建築師。……世界の理を乱す者は、我らが『清算』しよう」
聖域の境界線に、白銀の法衣を纏った数千人の十字軍が迫っている。
だが、リアムはそれすらも「ちょうどいい、外壁の強度テストの相手だね」と、職人の不敵な笑みを浮かべるのだった。
Q:古龍エインヘイルのその後は?
A: リアムのリフォームにより、鱗が「魔導反射装甲」へと強化されました。現在は城の屋根に「巨大なオブジェ」として鎮座しており、侵入者が空から現れると、鼻息一つで撃退する最強の防衛装置となっています。なお、リアムが背中に作った「展望テラス」は、後にヒロインたちの絶好のデートスポットになります。




