第23話:最古の住人と最新の家電(魔導具)
白銀の聖城に朝が来た。
新築されたばかりの最高級魔導ガラスを透過した柔らかな陽光が、最上階の「天翼の間」を照らし出す。
数千年の眠りから覚め、リアムによる「翼のフルメンテナンス」を終えたアストレアは、驚くほど軽やかになった体を震わせ、シーツの上で身を起こした。
「……ん。……空気が、澄んでいる。……天界の最上層よりも、この寝床の設計は『慈愛』に満ちているわね……」
彼女はゆっくりと翼を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮いた。
そこへ、焼きたてのパンの香りと共に、リアムがトレイを持って現れた。
「おはよう、アストレアさん。よく眠れましたか? ……あ、ちょうどいい。身を清めたいって言っていましたよね。案内しますよ」
「ええ。……神の末裔たるもの、朝の禊は欠かせないわ。……どこに滝があるのかしら? それとも、この城の下にある聖なる泉へ飛び込めばいい?」
アストレアは至極真面目な顔で問いかけた。彼女の常識では、身を清める=「極寒の滝に打たれる」か「数時間祈りながら湧き水を浴びる」ことだったからだ。
「……いえ、そんな非効率なこと、僕の家ではさせませんよ。……最新の『サニタリー・ユニット』へどうぞ。リフォームしたてで、最高に使い勝手が良いですから」
リアムに導かれ、アストレアは一階のパウダールームへと降りてきた。
そこには、セレスティアたちも愛用している、リアム渾身の『多機能魔導バスルーム』が鎮座していた。
「……な、何これ。……この銀の棒から、水が出るの?」
「水じゃなくて、温度が一定にリフォームされた『お湯』ですよ。……ほら」
リアムがレバーを捻ると、シャワーヘッドから細やかな霧状の温水が噴き出した。
アストレアは「ひゃんっ!?」と小さく飛び上がり、翼を盾にするようにして後ずさった。
「……な、なな、何これ!? 空から温かな雨が、一点に集中して降り注いでいるわ! ……リアム、貴方、太陽の恵みをこの小さな棒の中に閉じ込めたの!? なんて恐ろしい術式を……っ!」
「いや、ただの給湯魔導器ですよ。……セレスティアさん、説明してあげてください」
「ふふ、アストレア様。驚かれるのも無理はありませんわ。……でも、これを使うと、お肌のキメが整って、翼の羽毛もふかふかになるんですの。……滝行なんて、もう古いんですわよ」
セレスティアが慣れた手つきでシャワーの良さを説く。
恐る恐るお湯に触れたアストレアは、そのあまりの心地よさに、一瞬で瞳を蕩けさせた。
「……あ、ああ……温かい……。……禊って、こんなに幸福な儀式だったかしら……。……もう、冷たい水には戻れないわ……」
神の威厳の第一段階が、お湯の温度によって溶かされた。
続いてリアムが案内したのは、彼女が最も不審がっていた「白い陶器の椅子」――すなわち、最新型自動洗浄トイレである。
「……リアム。……この椅子、私が近づくと勝手に蓋が開いたわ。……中に知性を持つゴーレムでも潜んでいるの?」
「いいえ。……センサーが住人の気配をリフォーム(検知)しているだけです。……座ってみてください。便座が温かい(ヒーター付き)ですよ」
アストレアが戦々恐々としながら、その純白の陶器に腰を下ろした。
瞬間。
「……っ!? 温か……っ!? ……な、なに、これ……。……この椅子、私を誘惑しているわ。……お尻から、全身に伝わるこの慈愛……。……天界の王座すら、こんなに私を受け入れてはくれなかった……っ!」
暖房便座の魔力(物理的な熱)に、古の神は完全に陥落した。
彼女はもはや、そこから立ち上がる気配すらない。
「アストレア様、あまり長く座っていると、他の住人の迷惑になりますわよ」
エルナが呆れたように声をかけるが、アストレアは「静かにして。……私は今、現代の叡智と対話しているのよ……」と、恍惚の表情で呟いた。
ようやくバスルームから出てきたアストレアだったが、廊下でさらなる「未知の脅威」に遭遇した。
ウィィィィィィン……。
足元を、円盤状の物体が這いずり回っている。
リアムが魔導回路を書き換えて自作した『全自動・床磨きゴーレム』である。
「……っ、何やつ! 私を足元から奇襲するつもりか!」
アストレアが翼を広げて威嚇するが、ゴーレムは止まらない。
むしろ、アストレアの長い翼が床につきそうになると、「掃除の邪魔だ」と言わんばかりに、サイドブラシで彼女の足を執拗に突ついた。
「無礼な! 私はアストレア、この地の守護者よ! 控えなさい、円盤の魔獣!」
だが、ゴーレムはリアムの「清掃命令」という絶対のプログラムに従う。
結局、アストレアはゴーレムに追い回され、廊下をピョンピョンと跳ねながら逃げる羽目になった。
「あ、アストレアさん。その子は僕が『汚れを徹底的にリフォームする』ように設定した最新型なんだ。……君の翼、少し埃がついてるから掃除したがってるんだよ。……ほら、仲良くしてね」
リアムがゴーレムの天板を撫でると、ゴーレムは満足げにピポパと音を立てて、また掃除に戻っていった。
「……な、何なの、あの傲慢な神獣は……。……リアム、貴方が手なずけているものは、どれも強大すぎるわ……っ」
アストレアは息を切らしながら、ようやくダイニングの席についた。
そこには、リアムが『魔導トースター』で焼き上げたばかりの、自家製小麦の厚切りトーストが並んでいた。
「さあ、食べてください。……リフォーム済みの石窯で焼いたパンですよ」
アストレアが一口、パンを齧る。
サクッ、という軽やかな音と共に、口の中にバターの香りと小麦の甘みが爆発した。
「……っ。……美味しい……。……私、決めたわ」
パンを握りしめたまま、アストレアは真剣な顔でリアムを見つめた。
「もう……不便な神界には、絶対に帰らない。……私は、この最新の便利さ(リアム)と共に、ここで一生を過ごすわ……」
神の威厳が、ついにパンの香ばしさによって完膚なきまでにリフォーム(消滅)した瞬間だった。
「「「「「やっぱり、そうなりましたわ(のよ・ぞ・よぉ・もん)!!!」」」」」
先住のヒロインたちが声を揃えて叫ぶ中、リアムは「気に入ってもらえて良かった」と、暢気に紅茶を啜った。
だが、その時。
城の遥か上空、雲の向こう側から、空気を裂くような咆哮が響き渡った。
アストレアの復活と、城から放たれる「清浄すぎる光」に、この地の古参である『伝説の古龍』が、眩しすぎて眠れないと苦情を言いに現れたのである。
「……あ。……パパ、お客様(苦情)だよ。……屋根の上が、すごく重たくなってるの」
コレットの不穏な報告に、リアムは「やれやれ、屋根の耐震リフォーム、やっておいて良かったな」と、ハンマーを手に立ち上がるのだった。




