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第22話:神様の寝具は、雲よりも柔らかく

 城の最上階、星の光が降り注ぐ「開かずの間」。

 数千年の時を止めていたクリスタルの棺が消え去り、そこには白銀の四対の翼を持つ少女、アストレアがリアムの腕の中に倒れ込んでいた。


「……あ、あ……。身体が……動かない、の……。重くて、冷たくて……」


 アストレアの声は、鈴の音のように透き通っていながらも、極度の疲労に震えていた。

 リアムがスキル【魔導設計図マテリアル・アイ】で彼女の背中を診断すると、そこには職人として見過ごせない「経年劣化」の痕跡が刻まれていた。


「……なるほど。四対、計八枚の翼。その根元の魔力関節が、長年の封印魔力で『石化』に近い状態で固着している。……これじゃあ、指一本動かすのも激痛なはずだ」


 リアムは眉をひそめ、彼女の華奢な体を抱き直した。

 天翼族。伝承では世界を浄化する神の使いとされるが、今の彼女は、手入れを忘れられ、錆びついて動かなくなった「最高級の精密機械」にしか見えなかった。


「セレスティアさん、エルナ! すぐに最上階のこの部屋を『高濃度魔力・酸素ルーム』に作り替える。力を貸してくれ!」


「もちろんですわ、リアム様! 神聖なる御方のためのリフォーム、聖女として全力を尽くします!」

「……ふん、神様のお世話なんて初めてだけど、あんたの設計図通りに精霊を動かせばいいんでしょ? 任せなさい」


 リアムの指示が飛び、聖域の城が再び脈動を始めた。

 リアムはまず、埃っぽかった屋根裏の床板を一瞬で「呼吸する魔導大理石」へと貼り替え、外気からの汚れを完全に遮断する。壁には「自動調湿漆喰」を塗り込み、アストレアの肌に最適な湿度を保つ空間を作り上げた。


 そして、核心となるのは彼女の「寝床」だ。


「スキル――【全自動フィット・クラウド・マット】・爆誕!」


 リアムが魔力を込めて作り上げたのは、彼女の巨大な翼を優しく包み込み、重力を分散させる特殊なベッドだ。

 アストレアをそこに横たえると、マットが彼女の体型と翼の形状に合わせて、リアルタイムで形を変えてフィットしていく。


「……ぁ、ああ……。……なに、これ……。……沈んでいくみたい……雲の中に……」


 アストレアが微かに瞳を潤ませ、長い睫毛を震わせる。

 だが、リアムの「メンテナンス」はここからが本番だった。


「アストレアさん、少し失礼します。……翼の根元、一番『建付け』が悪い場所に、特製の魔導オイルを注しますよ」


 リアムは彼女の背後に回り、白銀の羽の隙間に手を差し込んだ。

 数千年の呪いと魔力のおりでガチガチに固まっていた羽の根元に、リアムの指先が触れる。


「スキル――【神の左官ゴッド・ハンド】・精密研磨ファイン・リフォーム!」


 リアムの指先から、黄金色の魔力が溢れ出した。

 それは固着していた関節の隙間に潤滑油のように染み込み、石化していた細胞の一つ一つを、優しく、けれど執拗に解きほぐしていく。


「ひ……あ、ああぁぁぁっ! なに、これ……熱い、熱いよぉ……っ! 私の、奥まで……リアムの力が、巡ってる……っ!」


 神々しいはずの天翼族の少女が、リアムの手付きに翻弄され、雛鳥のように無防備な声を漏らす。

 リアムの指は、羽の一枚一枚、その繊維の並びを整えるように、丁寧に、かつ力強く滑っていく。

 それは、折れ曲がっていた建物の柱を、元の真っ直ぐな状態へと強制的に矯正リフォームする作業に等しかった。


「……よし、四枚目終了。……あともう少しですよ。……我慢してくださいね」


「……む、無理……。……そんなに、激しく、磨かれたら……私、神様じゃ……なくなっちゃうぅぅ……っ!」


 アストレアの翼から、黒ずんだ魔力のすすがパラパラと剥がれ落ち、代わりに雪のような白銀の輝きが戻ってくる。

 リアムが最後の一枚を磨き上げ、そこに「聖域の防腐コーティング」を施した瞬間、部屋全体に神聖な衝撃波が駆け抜けた。


「……あ。……軽い。……翼が、自分の意志で動く……!」


 アストレアがゆっくりと、その八枚の翼を大きく広げた。

 部屋いっぱいに広がる白銀の翼は、リアムの魔力を反射して、ダイヤモンドのような煌めきを放っている。

 彼女はふわりとベッドから浮き上がると、空中で一度宙返りをし、そのまま吸い込まれるようにリアムの胸へと飛び込んだ。


「……見つけた。……私の、壊れた世界を直してくれた……運命の、修繕者リフォーム・マスター


 アストレアはリアムの首に細い腕を回し、その胸に顔を埋めた。

 彼女にとって、リアムの胸の中は、天界のどの宮殿よりも「設計が正しく」、そして「居心地が良い」場所だった。


「今日から、ここが私の『定位置マイホーム』よ。……もう、離してあげないんだから」


 アストレアの独占欲に満ちた宣言。

 それを見ていた背後のヒロインたちが、一斉に顔を引きつらせた。


「「「「「神様だろうが何だろうが、そこは共有スペース(リアム様)ですわ(のよ・ぞ・よぉ・もん)!!!」」」」」


 聖女、エルフ、騎士、サキュバス、そして館の精霊。

 五人の絶叫が重なり、新しくリフォームされたばかりの屋根裏部屋の壁が、激しく共鳴して震えた。


「あ、あはは……。……みんな、静かにして。……新築の壁にヒビが入っちゃうよ」


 リアムの困り顔を余所に、天翼族の少女は満足げに目を細め、リアムの腕の中で幸せそうな寝息を立て始めた。


 伝説の守護神までもが「居住者」として加わり、領主館の聖域レベルはもはや、地上の法が及ばない神域へと突入していく。

 職人リアムの、終わらない増築とメンテナンスの日々は、さらに一段階上の騒がしさへと加速するのだった。


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