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第20話:(後編)聖女の告白と夜のメンテナンス

 狂乱の『天空露天風呂』での全員入浴から数時間。

 新築された聖城アーク・キャッスルの廊下は、魔法の灯火が淡く落とされ、昼間の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。

 リアムは手に、最高級の「精霊綿」で作られた新しいシーツと、安眠効果を増幅させる「アロマ魔導液」を抱え、最上階の角部屋へと向かった。


 そこは、聖女セレスティアに割り当てられた、最も日当たりの良い特等室だ。


「……失礼します。セレスティアさん、起きていますか? 寝具の最終メンテナンスに来たんだけど」


 控えめにノックをすると、中から「あ、はい! どうぞ、お入りくださいまし!」と、少し上ずった声が返ってきた。


 ドアを開けると、そこにはお風呂上がりの薄手のネグリジェ姿で、ベッドの端に腰掛けていたセレスティアがいた。

 まだ湿り気を帯びた真っ白な髪が肩に張り付き、リアムがリフォームした「調湿漆喰」の効果で、彼女の肌は桃色に上気して瑞々しい。


「ごめんね、夜遅くに。……でも、新しいベッドのマットの沈み込みが、数ミリほど設計図と食い違っている気がして。……職人として、これじゃあ君を安眠させられない」


「ふふ、リアム様ったら。……そんな細かいことまで。……でも、嬉しいですわ。……どうぞ、好きなだけ私の部屋を『手入れ』してください」


 セレスティアは、頬を染めながら場所を空けた。

 リアムは慣れた手つきでシーツを剥ぎ取り、新しい精霊綿の布を広げる。

 スキル【神の左官ゴッド・ハンド】を指先に宿し、シワ一つない「絶対平滑」な状態へとシーツを定着させていく。


「……セレスティアさん。顔色が、出会った頃とは別人のようだ。……あの呪いの椅子に縛られていた時の君を、たまに思い出すんだ。……今の君の笑顔を見ていると、僕はこの家を建てて、本当に良かったと思うよ」


 リアムが不意に、作業を止めて彼女を見つめた。

 セレスティアの瞳が、熱を帯びて潤んでいく。


「……リアム様。……覚えていますか? あの日、貴方が私の絶望を、換気が悪いという理由だけでぶち壊してくださったこと」


「ああ。……職人として、あんな空気の淀んだ場所に君を置いておけなかったからね」


「私にとっては、神託よりも尊い救済でした。……世界を救うために自分を殺せと言われ続けた私に、貴方は『住み心地はどう?』と、ただ一人の人間として接してくださいました。……私の心は、あの日からずっと、貴方の魔法でリフォームされ続けているのです」


 セレスティアが、そっとリアムの作業する手に、自分の手を重ねた。

 リアムの手は、数々の工事をこなしてきた職人の手だ。少し硬く、けれど驚くほど温かい。


「……リアム様。……私、最近気づいてしまったのです。……私はもう、貴方が整えてくれたこの聖域がなければ、息をすることさえ忘れてしまうということに」


「セレスティアさん……」


「これまでは『住人』として感謝してまいりました。……でも、今は違います。……私は、この家の一部になりたい。……いえ、貴方の『一部』になりたいのです。……私の心も、もっと深く……貴方の指先で、作り替えていただけませんか?」


 セレスティアが、リアムの胸に顔を埋めた。

 聖女の清潔な香りと、お風呂上がりの温かな体温が、リアムの全身を包み込む。

 リアムは一瞬、戸惑いを見せたが、すぐに覚悟を決めたように、彼女の背中にそっと腕を回した。


「……わかったよ、セレスティアさん。……職人として、君のすべてを最高の状態に保つ(愛する)ことを約束する。……君が二度と、暗い場所で泣かなくていいように。……この城を、君にとって世界一幸せな場所にしてみせる」


「……っ、リアム様……!」


 セレスティアは感極まったように、リアムの首にしがみついた。

 リアムは彼女を抱き上げたまま、新しくリフォームしたばかりの、極上の沈み込みを約束するベッドへと、優しく横たえた。


「……じゃあ、今夜は『精神の安定メンタル・メンテナンス』をじっくり行おうか。……魔力を通して、君の神経をリラックスさせるリフォームだ。……少し、熱くなるかもしれないけど」


「……はい。……リアム様のされることなら、何でも……受け入れますわ」


 リアムの指先が、セレスティアのこめかみや首筋に触れ、黄金色の魔力が彼女の体へと流れ込んでいく。

 それは、どんな愛の言葉よりも深く、魂の髄までを「快適さ」で塗り替えていく至高のメンテナンスだった。


     *


 翌朝。

 太陽の光が新築の窓ガラスを通して、ダイニングに降り注いでいた。

 朝食のテーブルについたセレスティアは、昨夜の「リフォーム」の効果か、誰もが目を奪われるほど神々しいオーラを放っていた。


「……あら? セレスティアさん。今日はずいぶんと、お肌のビルドが良すぎませんこと?」

 ベアトリスが、怪訝そうに目を細めて彼女を観察する。


「ええ。……昨夜、リアム様にたっぷりと『メンテナンス』をしていただきましたから。……ふふ、お先に失礼いたしましたわね」


「な……っ!? 抜け駆けだわ! リアム、私にも今夜、個別のメンテナンスを要求するわよ!」

 エルナが、顔を真っ赤にしてフォークをテーブルに突き立てる。


「主殿! 私の鎧も……いや、私の体も、まだ構造的に不安定な気がするのだ! 再点検が必要だ!」

 カミラまでもが、必死の形相で名乗りを上げる。


「みんな、落ち着いて! 順番に、全員の部屋を回るから! ……あ、コレットさん、そんなところで床を震わせないで」


「えへへー、パパ、私のことも磨いて磨いてー!」


 聖域化した城の朝は、相変わらずの騒がしさだった。

 だが、その賑わいの中、城の最上階にある「開かずの間」――まだリアムが手を付けていない最後の未改修区域から、冷たく、けれど気高い、謎の歌声が微かに響き渡った。


「……? 今の声は……」


 リアムは、箸を止めて天井を見上げた。

 実家との決戦を終えた彼を待っているのは、さらなる「家の秘密」と、新たなる住人の予感だった。


「よし。……次は、屋根裏部屋のリフォームに取り掛かろうか」


 職人リアムの飽くなきリフォーム道は、止まる所を知らない。


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