第20話:(前編)聖域の露天風呂と職人の休息
アークライト家の解体部隊を退け、ボロ領主館が白銀に輝く『聖城』へと完全新築を遂げてから数日が経った。
戦いの傷跡は、リアムの迅速な「事後メンテナンス」によって一晩で消え去り、今や城の周囲には清浄な魔力が満ち溢れている。
「ふぅ。ようやく地脈の微調整が終わったよ。……みんな、本当にお疲れ様。今日は戦い抜いた君たちのために、特別な場所を用意したんだ」
リアムが五人のヒロインを案内したのは、城の最上階。
かつては雨漏りの酷い屋根裏だった場所は、今や空と一体化したような開放感溢れる空間へと生まれ変わっていた。
「……まぁ! これは、お風呂……ですわよね?」
セレスティアが驚きに目を見開いた。
そこにあったのは、直径十メートルはあろうかという巨大な円形の浴槽。
縁は滑らかな白大理石で組まれ、湛えられたお湯は聖域のエネルギーを受けて黄金色に透き通っている。
何より驚くべきは、床の一部が「魔導強化ガラス」になっており、入浴しながら聖域の森と難民の村を一望できる『天空の魔導露天風呂』となっていたことだ。
「名付けて【極楽リフォーム・スカイスパ】。ただのお湯じゃないよ。カミラさんの筋肉疲労を癒やす『高濃度炭酸成分』、エルナの魔力を活性化させる『精霊の雫』、そしてセレスティアさんやベアトリスさんの肌を整える『美容魔導液』を、僕が黄金比でブレンドしたんだ」
「……リアム、あんた。相変わらず、やりすぎなのよ」
エルナが呆れたように言うが、その視線はすでにお湯の表面で踊る温かな湯気に釘付けだ。
「主殿……。戦いの後に、このような至高の『メンテナンス場』を提供してくれるとは。……忝い」
カミラが感激に震えながら、重い鎧の繋ぎ目に手をかける。
「うふふ、じゃあ遠慮なく。……リアム、貴方も一緒にどうかしら? 背中の『塗り残し』がないか、チェックしてあげてもいいわよぉ」
ベアトリスが妖艶に微笑みながら、漆黒のドレスの肩紐を指で弄る。
「あ、僕は機械室でお湯の温度と魔力濃度の微調整があるから。……みんな、ゆっくり入ってきてね」
リアムが職人の顔で去っていくと、ヒロインたちは一斉に「お風呂モード」へと突入した。
*
「はぁ……。極楽ですわ……。体の中に溜まっていた呪いの残滓が、お湯に溶け出していくようですわ……」
最初に浸かったセレスティアが、ふかふかのタオルを頭に乗せて溜息を漏らす。
黄金色のお湯に透ける彼女の白い肌は、聖域の加護を受けてさらに瑞々しく輝いている。
「本当ね……。この水質、エルフの王宮にある『生命の泉』よりずっと純度が高いわ。……あ、カミラ。あんた、そんなに深く潜ったら危ないわよ」
「……ぷはっ! ……いや、済まぬ。あまりに心地よくて、全身の細胞がこの『聖なる湯』を欲しているのだ。……見てくれ、戦いで負った小さな傷跡が、見る間に消えていくぞ」
カミラが鍛え上げられた肢体を晒し、驚きの声を上げる。
彼女の肩に残っていた鎧の擦れ跡や、剣の重みで凝り固まっていた筋肉が、リアムの設計した「リラクゼーション水流」によって優しく解きほぐされていく。
「あらぁ、カミラ。相変わらず素晴らしい張りのある体ねぇ。……でも、私の『美容リフォーム』の効果も負けていないわよ?」
ベアトリスが、サキュバス特有のしなやかな曲線美を見せつけながら、お湯の中で優雅に足を伸ばす。
「わぁ、みんな楽しそう! 私も、お家のみんなが喜んでくれて嬉しいな!」
コレットが子供のようにパチャパチャとお湯を跳ねさせる。彼女は館そのものなので、お湯の温度や質感を「自分の肌」のように感じており、みんなが入浴しているだけで多幸感に包まれていた。
「……それにしても。リアム様は、本当に罪な方ですわね」
セレスティアが、お湯を掬いながらポツリと呟いた。
「どういう意味よ?」
「だって、見てください。このお風呂も、私たちの部屋も……全部、リアム様が私たちのために『最高』を尽くしてくださった結果ですわ。……こんなに甘やかされて、私たちはもう、この聖域の外では一秒だって生きていけませんもの」
「「「「……」」」」
全員が沈黙した。
それは、否定できない事実だった。
清潔な空気、最高の寝心地、美味しい食事、そしてこの極上の風呂。
リアムという職人が、無自覚に提供し続ける「住環境の暴力」は、ヒロインたちの自立心を粉々にリフォームし、彼への絶対的な依存へと書き換えていたのだ。
「……あ。……あいつ、また来たわよ」
エルナが入り口の方を指差す。
そこには、バスタオルを腰に巻いたリアムが、「お湯の循環ポンプの音が少し気になって」と、ドライバー片手に現れた。
「「「「「リアム様(リアム・主殿・パパ)!!!」」」」」
「うわっ!? ご、ごめん、まだ入浴中だったね。……でも、排水溝の詰まりを今チェックしておかないと、明日の朝の『お肌のコンディション』に影響が出るから……」
「そんなことより、リアム様! こっちに来て、私の背中を磨いて(メンテナンスして)くださいまし!」
「私の方が先よ! エルフの耳の裏側、自分じゃ届かないんだから!」
「主殿! 私のこの、鎧で固くなった腰周りの凝りを、職人の手で解きほぐしてほしい!」
リアムは瞬く間に、お湯の中で五人のヒロインに包囲された。
四方八方から伸びてくる白く、柔らかい腕。
鼻を突く、それぞれのヒロインたちの甘い香りと、お湯の蒸気。
「あ、あの……みんな、落ち着いて。……わかった、わかったから! 順番に、一人ずつ『全身のアフターケア(洗体)』をしてあげるから、暴れないで! お湯が溢れちゃうよ!」
「「「「「やったぁぁぁ!!!」」」」」
歓喜の声が、聖城の屋根を突き抜けて夜空へと響き渡る。
職人リアムの、戦いよりも過酷で、そして甘美な「深夜の特別メンテナンス」が、今幕を開けようとしていた。
聖域の夜は、まだまだ終わらない。




