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第19話:建築師 vs 解体師(後編)


「……あ、あ、あああぁぁぁ……っ! パパ、身体が、溶けちゃうよぉ……!」


 地縛霊コレットの悲鳴が、崩れゆく中央ホールの吹き抜けに木霊する。

 弟カインが放った禁忌の破壊魔法【構造崩壊の呪言デッド・ストラクチャー】。それは物質の結合を強制的に解除し、どんな堅牢な建築物も一瞬にして「砂の山」へと変える絶望の光だ。


 リアムが丹精込めて磨き上げた大黒柱が、飴細工のようにぐにゃりと歪み、砂となって崩れ落ちていく。

 天井からは漆喰の破片が雪のように降り注ぎ、聖域の象徴であった黄金の輝きが、ドス黒い呪いの霧に飲み込まれようとしていた。


「はははは! 見たかい兄さん! これが『形あるものの末路』だよ! いくら綺麗に直したところで、壊すのは一瞬なんだ! さあ、絶望の中で瓦礫に埋もれるがいい!」


 魔導重機の上で、カインが狂喜の声を上げる。

 だが、リアムは動じなかった。

 彼は砂となって崩れ落ちるコレットを、その細い肩を抱き寄せ、耳元で静かに、けれど絶対的な確信を持って囁いた。


「……コレットさん、大丈夫。……これは、ただの『更地リセット』だ。……ここからが、僕の本当の仕事・・だから」


 リアムが、崩れゆく柱の断面に、自らの右手を深々と突き立てた。

 その瞬間、世界から音が消えた。


「――フル・リフォーム・オーバーライト。……さあ、新築の時間だ」


 リアムの全身から、これまでにない濃密な、太陽のような黄金色の魔力が爆発した。

 その魔力は、カインが放った「破壊の砂」の一粒一粒に浸透し、一瞬でその性質を書き換えていく。


「な……っ!? 砂が、砂が輝き出しただと……!?」


 驚愕するカインの目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。

 地面に積もった砂の山が、まるで逆再生の映像のように、凄まじい勢いで上へとせり上がり始めたのだ。


 ただ修復されるのではない。

 リアムの魔力を受けて結晶化した石材は、以前よりも遥かに巨大で、より複雑な幾何学模様を刻んだ「聖銀の柱」へと進化していく。

 崩れ落ちた壁は、外敵の魔法を反射する「魔導鏡面装甲」へと貼り替えられ、天井のドームは、星空を映し出す「強化魔導ガラス」へと作り変えられていく。


「……っ! 破壊のエネルギーを、そのまま『建材の結合エネルギー』に変換して、その場で増築・・しているのか!? そんな馬鹿なことが……っ!」


「カイン……。君の解体魔法は、確かに素晴らしい『分解能力』だ。……でも、それは僕にとっては、最高に細かく精製された『建築素材』でしかないんだよ」


 リアムが静かに指を鳴らす。

 瞬間、館全体が眩い光を放ち、その姿を一変させた。

 

 そこにあったのは、もはや「領主館」ではない。

 白銀と黄金が織りなす、天空を突くほどに巨大な『聖城アーク・キャッスル』。

 カインの破壊魔法を全て飲み込み、それを肥やしにして成長を遂げた、究極の要塞都市の心臓部だった。


「……はぁ、はぁ。……すごい……私、前よりもずっと、強くなってる……!」

 コレットの姿が、光り輝くドレスを纏った、より高位の精霊へと進化していた。

 彼女はリアムの胸に顔を埋め、歓喜の涙を流す。


「よし。……カイン、そろそろ『お片付け』の時間だね。……不法投棄された鉄クズ(重機)は、うちの『ゴミ箱』へ案内してあげるよ」


「……っ、ふざけるな! まだだ、まだ負けて――」


 カインが再び重機を操作しようとした瞬間、新しくなった館の床が、波打つように変形した。

 

「スキル――【居住者登録・強制隔離リフォーム】!」


 ドォォォォォォン!!


 カインの足元の地面が、突如として巨大な口のように開き、彼と魔導重機を一瞬で飲み込んだ。

 

「ぎゃあああああああああっ!? なんだ、ここは!? 暗い、それに何も壊せない……魔力が、壁に吸い取られていくぅぅぅ!!」


 カインが放り込まれたのは、リアムが新しく地下に増設した『絶対防音・魔力無効化・監禁仕様の説教部屋』だった。

 どんな破壊魔法も、壁の漆喰が「栄養」として吸収してしまう、壊し屋にとっては文字通りの地獄である。


「……カイン。そこで一晩、自分の仕事がいかに『雑』だったか、反省しなさい。……建物の急所を突くなら、その後のアフターケアまで考えて壊すのが、一流の職人というものだよ」


 リアムの冷徹な「職人の説教」が、壁のスピーカー(魔導具)を通してカインの耳に叩き込まれる。

 破壊の天才と呼ばれた弟は、暗闇の中で兄の底知れない狂気に触れ、ガタガタと震えることしかできなかった。


     *


 翌朝。

 森を埋め尽くしていた帝国兵たちは、リアムが放った「清掃ゴーレム」たちによって全員がピカピカに洗浄され、森の出口へと丁寧に「不法投棄」されていた。


 そして、新しくなった『聖城』のテラス。

 リアムは、勝利の喜びに沸くヒロインたちに囲まれていた。


「リアム様! あんなに素敵な、お城のようなお部屋を私にくださるなんて……! もう、一生ここから出ませんわ!」

 セレスティアが、新築された「天空の礼拝堂付き寝室」に感動してリアムに抱きつく。


「私の部屋のクローゼット、空間が三倍に広がったわね。……ふん、あんたにしては上出来よ」

 エルナがツンとした態度を崩さないが、その耳は嬉しそうに跳ねている。


「主殿……。あの、地下の『武器メンテナンス室』。……あんなに設備の整った場所は、帝都の騎士団にもない。……礼を言うぞ」

 カミラが頬を染めて、リアムの手を握る。


「うふふ、私の部屋なんて、壁が全部鏡張りじゃない。……分かってるわねぇ、リアム」

 ベアトリスが妖艶に囁く。


 リアムは彼女たちを一人ずつ撫で、最後にコレットの頭をポンポンと叩いた。


「みんなが喜んでくれるなら、苦労して新築した甲斐があったよ。……でも、流石にちょっと疲れちゃったな。……今日は、みんなで新しいお風呂を試そうか」


「「「「「お風呂!!!」」」」」


 ヒロインたちの目が、一斉に輝いた。

 破壊の危機を乗り越え、より強固な、そしてより「逃げ場のない」聖域へと進化した領主館。

 リアムのリフォーム道は、ついに一つの「国」を支えるほどの輝きを放ち始めていた。


 一方、地下の説教部屋からようやく解放されたカインは、白旗を掲げながらリアムの足元に膝を突いた。

「……負けだよ、兄さん。……あんな、壊せば壊すほど綺麗になる建物なんて……あんなの、建築・・じゃない……魔法・・でもない……ただの、変態の執念・・だよ……」


「失礼だね。……職人のこだわり、と言ってほしいな」


 リアムは笑って、弟の頭に「お疲れ様」と手を置いた。

 その瞬間、カインの服の汚れが一瞬でリフォーム(洗浄)され、彼は呆然と兄を見上げるしかなかった。


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