第18話:建築師 vs 解体師(前編)
地響きと共に、聖域の境界線が震えた。
森の木々をなぎ倒し、姿を現したのは、アークライト家が誇る軍事用魔導重機【ギガ・パイル】。巨大な鋼鉄の杭を、魔法による蒸気圧で地面に打ち込み、どんな堅牢な城壁も基礎から粉砕する「城殺し」の怪物だ。
「くすくす……あははは! 兄さん、見てるかい? これが本物の『解体』だよ!」
重機の操縦席に座る弟のカインが、拡声の魔法で狂気じみた笑い声を響かせる。
彼はリアムの異母弟であり、幼い頃から「物を壊す才能」において右に出る者はいないと称賛されてきた、アークライト家の期待の星だ。
「さあ、始めようか! その不気味な黄金の結界ごと、更地にしてあげる! ギガ・パイル、出力全開! 破砕振動、開始!」
ドォォォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃が大地を走り、館の周囲に展開されていた黄金の結界が、ガラスが割れるような音を立てて波打った。
一撃。たった一撃で、周辺の地盤に数メートルの亀裂が走り、難民の村の広場にまでその震動が到達する。
「きゃあああ! パパ、痛いよぉ! 地面を、私の根っこを刺されてるみたい!」
コレットが館のバルコニーで、リアムの足にしがみついて震える。
「……落ち着いて、コレットさん。大丈夫、君の体はそんなに柔じゃない。僕が昨日、基礎に流し込んだ『高密度魔導コンクリート』を信じて」
リアムは静かに、けれど力強くコレットの頭を撫でた。
彼の視線は、カインが操る重機の一点――杭が地面を穿ったその瞬間の「音」に集中していた。
「……なるほど。地脈の固有振動数に合わせて、共振を起こして破壊してるのか。カイン、相変わらず効率的な壊し方をするね。……でも、職人としては、その『雑な仕上げ』が我慢できないな」
「兄さん、余裕だね! じゃあ、これならどうだい!? 連続破砕、行けぇ!」
ドガガガガガガガガッ!
重機の杭が、一秒間に数十回の高速で大地を叩き始める。
衝撃波が視覚化され、聖域の防壁に無数のヒビが入った。石材が砕け散り、砂埃が舞う。
だが、その瞬間。
リアムが指をパチンと鳴らした。
「スキル――【セルフ・リフォーム(自動修復機能)】・起動」
奇跡が起きた。
砕け散り、空中に舞っていたはずの石の破片が、まるで見えない磁石に吸い寄せられるように元の場所へと戻っていく。
ただ戻るだけではない。
砕かれたことで生じた「新しい断面」同士が、リアムの魔力によって瞬時に溶着。以前よりもさらに複雑で強固な「ハニカム構造」へと、その場で勝手に組み換わっていくのだ。
「な……っ!? 修復しているのか!? この速度で!?」
カインの驚愕の声。
「修復じゃないよ、カイン。……『強化』だ」
リアムは涼しい顔で説明する。
彼が仕掛けたリフォーム術は、敵の破壊エネルギーをそのまま「建材の結合エネルギー」へと変換する、永久機関に近い防衛システムだった。
壊されれば壊されるほど、壁は厚く、硬く、そして美しくなっていく。
「さあ、みんな。庭のお掃除の時間だ。お客様を、丁重におもてなししてあげて」
「承知いたしましたわ、リアム様! 不浄な鉄クズ、聖女の光で消毒して差し上げます!」
セレスティアが杖を掲げると、空から浄化の雨が降り注ぐ。それは帝国騎士たちの鎧を瞬時に錆びつかせ、魔導重機の関節部に「水垢」という名の魔力封印を蓄積させていく。
「……ふん。私の精霊たちを怒らせたわね。森の剪定、開始よ!」
エルナが指を鳴らすと、重機の足元から巨大な「魔導いばら」が噴き出した。それは重機の巨大なタイヤをパンクさせるのではなく、ホイールの隙間に入り込み、複雑な機械構造を「整理整頓(分解)」し始める。
「ぬぅぅ……おのれ、離せ! この植物、機械のネジを器用に外してくるぞ!?」
整備兵たちの悲鳴が上がる。
「主殿! 中央突破を狙う一団は、私がリフォームした『動く壁』で袋小路に追い込んだぞ!」
カミラが指揮する館の外壁が、まるで迷路のようにスライドし、突撃してきた帝国騎士たちを次々と「行き止まり」へと閉じ込めていく。
「うふふ、みんな楽しそうねぇ。……じゃあ、私は彼らに『最高に居心地の悪い幻覚』を見せてあげましょうか」
ベアトリスの幻惑魔法により、騎士たちの視界には「出口のないクローゼット」や「終わらない階段」が映し出され、戦意を喪失した彼らはその場に座り込んでしまった。
「おのれぇぇ! 兄さん、いつの間にこんな化け物共を! ……いいだろう。なら、小細工は抜きだ。一撃で、その館の『構造の核』を貫いてやる!」
カインが狂ったようにレバーを引いた。
ギィィィィィィン……と、耳を劈くような高周波の音が響く。
重機の先端に、真っ赤な呪いの魔力が集中していく。アークライト家秘伝の絶技――【構造崩壊の呪言】。
物質の原子結合そのものを解除し、どんな神殿ですら一瞬で「砂の山」に変える禁忌の破壊魔法だ。
「これならどうだ! 消えてしまえ、兄さんの『おままごと』ごと!」
放たれた赤黒い光線が、真っ直ぐに館の中央、リアムたちのいるバルコニーへと向かって伸びる。
「……あ、あ、あああぁぁぁっ! パパ、怖いよ! 消えちゃう、私、消えちゃうぅぅぅ!!」
コレットの体が、足元から砂のようにサラサラと崩れ始めた。
館の壁が、天井が、リアムが丹精込めて磨き上げた廊下が、音もなく崩壊を開始する。
「……コレットさん、大丈夫。……僕がいる」
リアムは崩れゆく床の上で、震えるコレットを強く抱き寄せた。
彼の瞳から、いつもの穏やかさが消え、職人としての底知れない「執念」が燃え上がる。
「カイン……。君はやっぱり、建物の『愛し方』を知らないんだね。……教えてあげるよ。……本当の建築は、壊されてからが本番なんだ」
リアムが、崩れゆく柱にそっと手を触れた。
その瞬間、世界から音が消えた。
「――フル・リフォーム・オーバーライト。……さあ、新築の時間だ」
崩れ落ちる砂の一粒一粒が、リアムの魔力を受けて黄金色に輝き始める。
絶望的な破壊の最中に、さらなる「創造」の閃光が爆発した。
壊し屋の弟が、兄の「終わらない建築」という名の狂気に、初めての恐怖を抱くことになる。




