第三章 21 リズカード・オーウェン
──希望を賭けるにしてはか細い道を選んだな。
誰かの台詞が頭の中にこだまする。誰だ? 誰がそんなことを言ったのか。
自分だ。リズカード・オーウェンだ。
今、リズカードはスタンニードルを喰らって地面に伏していた。痛みも光も、全てがスローモーションに流れていく。トンネルの方からは、ガードの車両と追加の警備ボットとドローンが押し寄せてくる。
──仕方がない。
リズカードは、倒れた自分に驚愕を向けるエクスワードを見上げて口を開いた。
作戦変更、各員、今は生き残ることだけを考えろ。またチャンスは来るはずだ──。
そう伝えようとした時、エクスワードの頭上に浮遊する影が差した。ドローンか。もう射程圏内に入っているだろう、もう──詰みだ。
──ひとつの約束も守れなかった。
そんな自分に途方に暮れて、リズカードはあてもなく手を伸ばす。
「──エレカ」
そして、思わず口をついて出た名前に愕然とした。
どうしてあれほど追い求めたネナの名ではなく、エレカの名の方が出てきたのか。
それは──そこにエレカがいたからだった。
「……エレカ?」
「リズカードさんっ! 受け取って!」
ホバーボードに乗ったエレカは、何かをリズカードに向けて投げてきた。
トンネル内の照明にあてられて、きらきらと煌めくそれは──新しいヴィスの小瓶だった。しかも、一週間分の量が口切りいっぱい、みっちりと詰まっている。
──希望を賭けるにしてはか細い道を選んだな。
誰が言ったんだ、そんなこと。そうだ、俺はもとより確実な道を選んでいた。
「最高だ」
考え得る最強の支援物資にリズカードの心が熱くたぎった。頭がかつてないほどの速度で回転し、現状を打開する方途が次々に展開されていく。
リズカードは小瓶をキャッチすると、すかさず一振りして療養魔法で身体に刺さった針と麻痺を除去する。それからすくっと立ち上がると、殺到するガードとボットの方を向いて魔法を放った。
「掘削」
ここまで酷使してきた掘削魔法、しかし、その矛先は壁ではなく天井に向いていた。
すさまじい轟音を立てて魔法が炸裂し、リズカードたちの目の前に天井が落下してくる。暴力的な量の瓦礫と土砂が降り注ぎ、こちらに詰め寄る増援の行く手を完全に塞いでしまった。これで誰だろうとこちらへ侵入することはできない。
「うがあああっ!」
悲鳴が上がって振り向くと、エクスカードのひとりが脚を押さえて倒れた。まだ新型ドローンが残っている。その動きを目に留めたリズカードは脳をフル回転させる。対象の速度、重量、風量、方向、動力、軌道、傾向、全てを頭に叩き込むと、何人も追いつけない迅き頭脳を以って計算し──答えを弾き出す。
そうして、叫んだ。
「総員、聞け! 三秒後に複数箇所が光る! そこへ同時にパルスを配置しろ!」
荒唐無稽な指示だったが、その場にいる男たちでリズカードを疑う者はいなかった。
「「「おうっ!」」」
そして三秒後、リズカードはトンネルの天井部分に光飾を配置した。まるで子供が考えた星座のように、トンネル内の空間に無秩序の灯りが点る。まだ動けるエクスカードの成員たちは、そのスポットへと一斉に電磁パルスを発生させた。
新型ドローンはその障害を探知し、五つのモジュールを巧みに動かしながら回避に専念する。飛行ユニットにしては異常な判断速度で、こちらの発生させたパルスを避けきってしまう。
ただ、見事な飛行を完遂した新型ドローンでも、誘導されたことまでは検知できない。
そうして機体が流れ着いた先は──リズカードの正面だった。
「空風波」
最小の動作で放たれた最もシンプルな魔法が、パルスの配置に誘導されて真っ直ぐに突っ込んできた新型ドローンの鼻先にぶち当たる。ドローンは破片を散らしながらあっという間に姿勢を崩すと、そのままライトチタン製の壁に勢いよく衝突した。
仕上げだ。リズカードは振り向くと、小瓶を更に振ってヴィス粒子を振りまき、黒煙をあげて壁にめり込むドローンに手をかざす。
「焼却だ」
瞬間、激しい炎が散って、新型ドローンの機体が爆発した。動力源に溜め込まれたエネルギーが一気に放出され、トンネル内に熱風が吹き荒れる。リズカードは最後に魔法壁を張ると、その猛威から自分たちの身を守った。
視界が煙で埋め尽くされる。と、同時に、向こう側から吹き込む風を肌に感じた。
──通じた。
その手応えにリズカードが身震いした時。
「リズカードさんっ!」
聞き馴染んだ声がして、誰かがひしと抱きついてきた。リズカードはふっと脱力すると、その熱い体温の持ち主に優しく呼びかける。
「エレカ」
「リズカードさん……もう! あんな格好いいこと言っておいて、全然ピンチだったじゃないですか! 私が来なかったら、どうするつもりだったんですか!」
エレカはリズカードの身に強く顔を押しつけると、責め立てるように言った。
リズカードは小さく笑って、答えてやる。
「わからない。あまり考えてなかった」
エレカは驚いたように目を見開くと、決まり悪そうに身を離し、いじらしい表情で彼のことを見上げた。
「ごめんなさい。私……あんな、酷いこと言って」
「俺の方こそ、君の本当の気持ちを軽視していた。辛くてどうにもできない気持ちを、簡単に『わかる』と言われるのは、ひどく傷つくものだとわかっていなかったんだ」
「……いえ。自分の気持ちを見ないようにしていたのは、私の方です」
エレカはそう告げると、空気の流れてくる方向へと目を向ける。
煙の晴れたその先、立ちはだかっていたライトチタンの壁に大きな穴が開いていた。
「リズカードさん。私、どうしても生きていたい」
エレカは言う。穴を見つめるその横顔にはもう恐れはなかった。
「私は、ミクシアンだとか、誰の子供だとか、どういう時代だとか、そういう社会から与えられたポジショニングに振り回されないで、ひとりの人間として胸を張って生きていたい。それは、きっと──この街に生きるすべての人が思っているはずなんです。そのささやかな権利すら奪われるなんて絶対に嫌だ。だから、お願いです」
彼女はリズカードの方に向き直ると、潤んだ綺麗な瞳を向けて言った。
「リズカードさん……私たちを、助けてください」
切実な表情で訴えるエレカの肩に、リズカードは手を置いた。
「わかった。俺はこの先でネナと会って決着をつける。だから、どうか見守っていて欲しい」
エレカは目を瞑って大きく息を吐くと、しっかりとうなずいた。
「はい。見届けます──賢迅伝説の行き着く先を」




