第三章 20 リズカード・オーウェン
掘り出した土を圧縮して梱包し、壁天井床にコーティング剤を散布、百メートル間隔で照明を設置する。道幅にして自動運転車が余裕で通れるくらい、大動脈と同程度のトンネルが順調にできていく。
リズカードは舞い散る土埃の匂いに、千二百年前のジンク・ウェブ創設の苦労を思い起こしながら、もうじき折り返し──つまり、二度目の魔法発動地点が近づいていると直感していた。
そんな折、スナウ経由でフーロからある情報が入ってくる。
『賢迅公! この作戦、あっち側に筒抜けらしいぞ!』
「やはりか」
リズカードはあまり驚かなかった。トルネがノイスを軟禁したり、逆にノイスがスウィズに息をかけていたあたり、内通者の存在は自然なものだと思っていたからだ。
一応、妨害への対策はしてある──が、予防線は張っておくべきか。
「リズカード兄貴っ! 岩盤が見えたぞ!」
いつの間にか、リズカードに弟分のように懐いたエクスワードが声を上げる。
「よし、下がってろ」
リズカードはヴィス・スティックを取り出しながら前に出た。正真正銘、最後の一本。これを引き抜けば、リズカードはもう二度と魔法を使えないかも知れない。
それでも……エレカやフーロ、ここにいるエクスカードや、初めて出会ったタクシーを呼んで服をくれた名も知らぬミクシアン、そして、かつてリズカードたちが守ろうとしたクインティト住民の子孫たちを救うためなら、安い。
リズカードは躊躇なく蓋を抜いた。
「掘削──」
瞬間、目の前の岩盤が内部から爆破されたように粉々に砕け散る。恐ろしく低い轟音と不安を感じるほどの震動が即席のトンネルを襲い、崩れやしないかと士気の高かったエクスワードたちも顔を青くする。
やがて揺れは収まり、トンネルは保った。安全が確認された後に、空間を確保する作業が再開される。作戦時の見積もりではこれでギリギリ開通するはずだった。
いよいよネナのもとへ辿り着く。リズカードが固唾を呑んだ、その時だった。
『おい! トルネの派遣してきた警備ボットが山ほど押しかけてきてる!』
スナウの警告に作業中のエクスワードたちが顔を上げ、リズカードを見る。ついに場所を特定されたか。リズカードは後方に目を向け、押しかける機械たちの気配を感じながら言った。
「予想よりも遅かったな。迎撃に移る」
数人が「出番が来たか」と言わんばかりに懐から銃を取り出した。ライセンス認証をパスした旨のアナウンスが響く。超指向性電磁パルス(EMP)銃──これもまたノイスの伝手で手に入れた対電子機械特効装備で、銃身で指定した座標にパルスを発生させ、命中した対象に過電圧を発生させて破壊するものだ。
やがて、警備ボットがけたたましい威嚇音を響かせながら押し寄せてきた。しかし、最新式の装備にかかれば的でしかない。掘り出した土の団塊を盾に迎えるエクスワードたちは雄叫びを上げてパルスを次々と放ち、喰らったボットが火花を散らして倒れていく。
激しい破壊音と男たちの叫び、回路の焼ける匂いに、リズカードは中世の戦場を思い出していた。領主のパワーゲームに駆り出され、血眼になって突撃してくる罪なき領民、生活のために身を窶した傭兵たち。そんな彼らの命を自分の放った魔法が容赦なく絶っていく。その生々しい感覚は今でもリズカードの身体の奥底で疼いている。
しかし、目の前で起こっている戦闘はどうだろうか。現代では、自律駆動のボットやドローンが殺傷武器を積むことは国際協定で禁止されている。そのため、機械対人間の間に命のやり取りはあり得ない。
しかし──どれだけ牙を抜かれようと、血の流れることはなくとも、戦いが起こっている、という事実は変わらない。激しさ、どよめき、憎しみ、怒り、その他戦闘につきものの負の感情が、確かにこの暴力の現場に充溢している。いくらテクノロジーで脱色脱臭しても拭えない生臭さがそこにはあった。
「うっ……」
近くのエクスワードが倒れた。防弾機能の薄い箇所を撃たれたようだ。リズカードはすぐさま駆けつけ、刺さったスタンニードルを抜いてやる。
「立てるか?」
「少し痺れはあるが、まあ、やるっきゃないさ」
そのエクスワードは力強く言って立ち上がった。
そこからはまんじりとした展開が続いた。断続的にやってくる警備ボットの急襲に耐えながら、リズカードの採掘したトンネルを形にする作業が続く。人員が防衛に割かれた影響で進行速度も鈍り、少しも油断できない時間が続いた。
そんな折、スナウが嬉しくない報告を寄越す。
『うげ……ついにガードまで来ちまったぜ』
境壁に割かれていた人員をこちらに回したらしい。トルネも本気で止めにかかっている。
「残り二割程度だ……どうか踏ん張ってくれ!」
リズカードの声にエクスワードたちは声を上げて応えた。
やがて、二台の警備車両が壊れたボットたちを押しのけて到着した。中からぞろぞろとガードが飛び出してくる。対人装備としてはスパークガンとフラッシュバンを用意してもらっているが、ガード装備の流用なので相手も同じものを装備している。あちらの方が練度のある分、制圧されるのは時間の問題だろう。
そこで、リズカードは叫ぶ。
「パルス銃で装備の認証システムを狙うんだ!」
どの装備も電子制御で個人認証を行っているため、そこを破壊してしまえば実質的に武装解除ができるのだ。しかし──。
「……あ、あたらねえ!」
早くも近くのエクスワードが音を上げ始めた。
電磁パルス銃は直線的に放射するのではなく、空間座標を指定してピンポイントで撃ち込む兵器である。どこか掠めれば致命傷を与えられるボットに比べ、動く相手の持つ銃身を狙うのは容易ではない。
結局、パルス作戦は放棄、スーパクガンの弾が持つ限り、遮蔽物から撃ち合いを続ける膠着戦となってきた。そうなると、補充の見込めないこちらの方が不利になってくる。
ただ──こちらの目的は勝つことではない。辿り着くことだ。
残りの行程は一割を切っている。それならばもう、一気呵成に勝負をしかけるべきだ。
「……総員、採掘作業に戻ってくれ」
リズカードはそう指示を出した。エクスワードは動揺を見せる。
「で、でも、あいつらはどうするんだ!」
「俺ひとりで沈黙させる。さあ、早く、指示に従え!」
リズカードが重ねて言うと、後ろ髪を引かれる様子でエクスワードたちは引いていく。
前線を見ると、こちらが防御を捨てたと思ったのか、ガードたちは大胆に距離を詰めてきていた。それを見たリズカードは、ずっと握りしめていた手を開く。そこには赤ん坊の溜め息でも飛んでいきそうなくらい小さく微かなヴィス結晶があった。
本当にヴィス量がギリギリの中で、なんとか捻出したほんの一欠片だ。
「──取っておいた甲斐はあったな」
そう呟くとリズカードは土塊の蔽いから飛び出した。ガードたちの銃口が一斉にこちらを向く。その一瞬の隙を突いて、リズカードは唱えた。
「痺雷」
切り裂くような音響と共に、白く迅い光が地を張った。
バツン、と腱が切れるような音が鳴り、目の前に立つガードたちが痙攣して次々地面に倒れ伏していく。その光景を見たエクスワードが、背後で歓声を上げた。
「早く、作業を!」
しかし、リズカードは厳しい表情で檄を飛ばす。リズカードが魔法を出すのは最終手段だ。切り札を切った今、猶予はほとんどない。
『おねんねガードたちのミクシアがアラートを出してる。じきに追加戦力が来るぜ』
首筋にしがみつくスナウが言う。リズカードは大きく息を吐いた。
「一度、決断すると容赦ないな」
そういう体質だからこそ、ミクシアン撲滅などという大それたプロジェクトが実現してしまうのだろう。もはや役に立たない分析をしながら、リズカードは掘削作業に合流する。
男たちは総力を尽くしてトンネルを延ばしていく。もう少しで開通が見えてくる、という時点でスナウが再び警告を発した。
『……警備隊接近中! 今度は人間と機械のドリームチームだ! ドローンもいるぜ』
「ドローン、ということは軍事会社か……」
こういう場面で役立つドローンを持つのは軍事会社しかない。そこまでやるなら最初からやれ、と思いつつ、リズカードはエクスワードたちに告げる。
「……ここも俺が食い止める。あんたらはトンネルを頼む」
「おう! もう一発頼むぞ、兄貴!」
エクスワードたちは威勢良く返してくれるが、リズカードにもう使えるヴィスはない。せいぜいパルス銃で粘るくらいだ。それでも見栄を切ったのはこの士気を衰えさせないため。
リズカードはひとりで前線に立った。即席ののっぺりとしたトンネルの奥を睨む。リズカードの姿を見て少しでも警戒をしてくれればいいが。
やがて、何か駆動音が聞こえてくる。視界の先、ものすごいスピードでやってきたそれは──一台の大きなドローンだった。
「何だ、あれは……」
五つの楕円のモジュールを組み合わせて飛行する不思議な形姿をしたドローンだ。汎用から軍事用まで、全てのドローンを把握していたつもりだったが、あんなものは見たことがない。恐らく新型だ。それでも電子機器である以上、パルスには弱いはずだ。その軌道を予測し、リズカードはパルス銃を向けて引き金を絞った。
が、ドローンはパルスをあっさりと回避した。パルスの発生を探知して瞬時に飛行軌道を修正したのだ。急激な進路変更にかかった衝撃を五つのモジュールの噛み合わせでうまく逃がしながら、そのままリズカードの頭上を越していく。まずい──。
「兄貴!」
トンネルの奥から声が響く。そちらの方へ駆けつけながら、リズカードは叫んだ。
「そっちに新型のドローンが向かった、気をつけろ!」
「兄貴! トンネルが通じました!」
完璧な入れ違いで聞こえてきたのは、そんな報告だった。
リズカードは一瞬、高揚感に包まれる──が、次の一言で現実に引き戻された。
「壁、壁です! 壁があります! ライトチタンか何かで、手持ちの装備じゃ破れない!」
「壁……」
それは、恐らくコントラ・ディアノメアスのある部屋の外殻にあたる部位だ。先の痺雷分の魔力を節約したために突破にまで至らなかったのだ。
──どうする。
頭を働かせようとしたが、直後、奥から響いてきた悲鳴に思考が破られてしまう。
リズカードがトンネルの終わりに着いた頃には、エクスワードたちが新型ドローンに襲撃されていた。ほぼ全員がパルス銃で応戦していたが、既にふたり、スタンニードルを大量に喰らって倒れている。一方、新型ドローンは決して広くはない空間を巧みに飛行しパルスを避けながら、的確にスタンニードルとスパークガンを射出してこちらの戦力を削ごうとしてくる。
残る八人の総反撃で新型ドローンを回避行動で縛れているが、この後、増援が来ればこの均衡は呆気なく崩れ落ちる。その前に、あの壁を破壊する手立てを考えなければならない。
リズカードは考える。考えて、考え詰めた──。
……そして、思い至る。
この先に、ネナがいるならば──。
リズカードは必死の形相をしたエクスワードたちの間を走り抜けると、露出した壁に手を着いた。報告通りのライトチタン製。持ち込んだ掘削機では刃が砕けてしまうだろう。
しかし、魔法なら、或いは。
頼む──この向こうにネナがいるならば、この壁を破れる程度のヴィスがあるはずだ。
そう信じて、リズカードは魔法を放った。
「空風波」
しかし──何も起こらなかった。
リズカードの意思を拒むように、世界は何も変わらなかった。
「兄貴! 危ない!」
切り裂くような声に振り向くと、そこには新型ドローンの銃口が見据えていた。
咄嗟にリズカードはパルス銃を構えて引き金を引いた。ほとんど相手がスタンニードルを放つのと同時だった。揺らいだ機体の下部、針の先端が光る。




