第三章 18 リズカード・オーウェン
クインティトの大動脈、広大に広がる複雑怪奇な地下道の路傍に座り込み、リズカードはひとり瞑目していた。遠くで足音が立つ。ひとつ、またひとつ──ばらばらだった音はやがて、続々とリズカードの元へと集まってくる。目を開くと、十人の男たちが並んで立っていた。抗議活動の映像でよく見る、典型的なミクシアンの相貌をしている。
そのうちのひとりが、へへ、と立ち上がるリズカードに笑みをかけた。
「まるで十賢晶みたいだな」
「協力、感謝する」
集まったのは、トロポス襲撃の実行犯であり、かつ包囲網から逃げおおせたエクスワードの幹部たちだった。フーロがミクロアのネットワークを駆使して連絡を取り付け、集結させたのだ。彼らは既にスワードから破門されているし、オルガンの望みを砕くのに全くやぶさかではない。これ以上の協力者はいなかった。
「さて……仕事に入るとすっか!」
エクスワードたちは背中に背負った装置を手に持った。ノイスの協賛者から提供された、手持ちサイズの掘削マシンだった。そのパワーは旧式シールドマシンにも匹敵し、よほど固い岩盤でなければ掘り進むことができる。そのほか、掘削作業に必要な各種装置・ドローンが次々展開されていく。
リズカードの立てた作戦、それは大動脈から最短距離でコントラ・ディアノメアスまで通じるトンネルを掘削することだった。
一見すると、とんでもない愚策に思える。いかに最新機材を用いても、一日数十メートル掘るのが限度だ。不眠不休でも数週間はかかる。
ただ──リズカードは今日中に全てに片をつけるつもりでいたし、その見込みもあった。
「千二百年前、クインティト市政はたかだか二年間でジンク・ウェブを作り上げた」
リズカードはそう語りながら大動脈の壁に触れる。適度な地盤の堅さでありつつ、ケーブル類や地下鉄、他のビルの地下階に影響が出ない、慎重に選び抜いた掘削の開始地点だった。
「ああ。一カ所途切れたくらいじゃへこたれない、タフなインフラ網の原型だ」
「それがたった二年で作られるなんてあり得ない。『賢迅伝説』が盛ってんだよ」
エクスカードの面々が言い立てた。彼らはリズカードの正体を知らず、「リズカード」の依頼で集まっている。おとぎ話を話し始めたリズカードをくさすような雰囲気が漂った。
そんな彼らに、リズカードは告げる。
「その短期施工を実現した技術──それがこの、掘削魔法だ。目に焼き付けろ」
同時にヴィス・スティックの蓋を抜いた。中にこめられた結晶片が空気に触れて活性化、直ちにヴィスを放出し始める。小さな欠片でもそのヴィス量は凄まじい。
そうして放たれたヴィス全てまとわせ、リズカードは壁面に向けて掌を向けた。
「掘削」
次の瞬間、ものすごい勢いで壁面が吹き飛んだ。遅れて、うねるような轟音と衝撃がやってくる。エクスカードたちは悲鳴を上げて、地面に倒れ込んだ。
ヴィス・スティック一本分をフルに使ったこの魔法は、それだけで現代技術を駆使して何週間もかかるような成果を一瞬で出すことができる。
「これで行程の半分程度掘った。ただちに崩した土の処理と通路の補強に入ってくれ」
衝撃が収まった後、リズカードは目を丸くするエクスカードたちにそう告げる。彼らは目の前で起こったことが信じられないように、のろのろ立ち上がってぼんやりしていたが、そのうち現実を受け入れたように雄叫びを上げ始めた。
「すげーーーーーー! なんだそりゃ! 魔法じゃねえか!」
「あんた、もしかして、本物のリズカードかよ!」
「話は後だ。今は作業に集中しろ」
一気に士気の上がったエクスカードたちが、手持ちの装備で土の処理にかかる。本気の機材で本気の男たちが作業すれば、あっという間に終端まで辿り着くだろう。そうしたら残り半分の距離を、最後のヴィス・スティックを使ってこじ開ける。これで残りのヴィス・スティックを全て使ってしまうが、探知で博打を打つのと違って確実にネナの元へ辿り着ける。
もちろん、そこには不安要素がある。必要なヴィス推定量と、手持ちのヴィス結晶の量が同程度──つまりギリギリなのだ。
「……頼む」
土煙の漂う中、リズカードは祈るようにそう呟く。




