第三章 15 エレカ・ヤヒメ
食欲なんてない、と思ったけど、食卓に並んだ温かい料理を前にしたら、途端にエレカのお腹が鳴り出した。
「どうぞ、食べて」
「あ、ありがとうございます……いただきます」
ティアのお母さんの言葉に、エレカはお礼を言ってひとまずスープから口をつける。その優しい味に身体の強張りが解れ、そこからは歯止めが効かなくなって夢中で食べた。
「──ずいぶんと大変な思いをしたんだね」
話を聞いたティアのお父さんが親身に言ってくれた。もくもく食べるエレカの横で、ティアは真面目な顔でうなずいている。
「ほんとだよ。あたしが同じ立場だったら……うう、考えるのも怖いかも」
その表情を見ると、養母が死に際、ダルタインのことを漏らしたのは、ひとつの優しさだったのかも知れない。そのお陰でずっと現実を直視しないでいられたのだから。
「エレカちゃんは、これからどうするかとか、あるの?」
ティアのお父さんが問う。エレカは食べる手を止め、俯いてしまった。
この先のことを考えた途端、空気が薄まったような閉塞感に何も考えられなくなる。
「……ない、です。その、本当に、私、何もなくて……」
「そうか。それなら、何か目処が経つまでうちにいなさい」
「えっ……?」
思わず顔をあげる。ティアのお父さんは当たり前のような顔をして言った。
「居場所がないんだろう。うちはティアひとりだから少しくらい余裕はある」
「も、申し訳ないです、私なんかが……」
「遠慮しないでよ、エレカ。お父さんがこう言ってるんだからさ」
何故かティアの方が逆に、エレカに対してお願いするように言う。ティアのお母さんは穏やかな顔でエレカのことを見つめていた。
そこには、エレカが憧れながらもついに体験できなかったもの──「普通の家族」の姿があった。そのあまりの眩しさに、エレカは両手で顔を覆ってしまう。
エレカもこの人たちもミクシアンだ。いずれ、どこの誰だか知らない人の一声で、いなくなってしまう。ただ、決定的なその時がやってくるまで、たまさかに出会った家庭の中で仮初めの幸せを享受することくらい、許されるんじゃないだろうか。
そんな誘惑に、エレカはあらがうことができなかった。
「すみません、ありがとうございます……」
そのささやかな幸せに溺れて、果てていきたいと思った。




