第三章 8 リズカード・オーウェン
「──その後、実はもっとなんだかんだ揉め事があって、結局、俺が懇意にしていた他の仲間と合わせて十人で団塊を分け合うことになった。一万年を十分割で、千年分だ。そして、仮に魔法が解けて放射が起こっても平気なよう、十人それぞれ遠く離れた山の中で眠りに就くことにした。そうして……無事に千二百年経ったのが今、ということだ」
「……二百年オーバーしてるじゃないですか」
エレカが赤い目をして言った。リズカードが今、目の前にいる理由を知って、どうしてか涙が出てしまったのだという。
「実行の直前にネナの計算違いに気づいたんだ。本当は一万三百年分だった。だから、三百年分を俺が勝手に引き受けた。そのくらいの誤差、俺なら千年に圧縮できると思ったが……見込みが甘かった」
「そのかっこつけで二百年遅れて……かっこ悪いですよ」
「……返す言葉もない」
エレカのストレートな物言いはネナを彷彿とさせ、リズカードは本当に反省してしまう。しかし、それだけ千年という時間の幅は未知数であり、予測がつかなかったということでもある。
「ただ……ここまで伝えれば、俺の見えている景色がある程度、わかったんじゃないか」
「……ヴィス・クノア事件は、ヴィスを過剰に放出させて、クインティト中の人が窒息してしまうかも知れなかった事件で……それには、ジンク・ウェブが悪用されかけた」
「そして、現代に再び出現したジンク・ウェブと──大気中のヴィスがなくなると活動できなくなってしまうミクシアというマイクロ・ボット」
リズカードが言葉を向けると、エレカは表情をなくして言った。
「つまり、中世で起きたこととは真逆のことが起きる、とリズカードさんは考えているんですか。空気中のヴィスを完全になくしてしまうことで、クインティト中のミクシアンを……生存不可能する、っていう」
「そうだと俺は思う。それこそ、ヤグ・ライゴーの進めるプロジェクトの正体だ」
ミクシアン問題を解決する。オルガンとミクシアンの区別を無意味化する。
どちらの目標も、ミクシアンの根絶によって達成される。
まぎれもない大量虐殺の計画だ。技術者のスウィズはそこに加担してしまったことを悔やみ、良心の呵責に耐えきれず、秘密を抱えたまま自ら命を絶ってしまったのだ。
「そして、そんなアイデアを出せて実現できる人物を……俺はひとりしか知らない」
リズカードは重苦しい気分で言う。エレカも察したのだろうか、ふっと目を伏せる。考えたくもない、口に出したくもない推理だったが、そう考えれば今までの疑問が全て解消されるのだ。
「──ネナ・ルコン。彼女は確実にこのプロジェクトのバックにいる」
「どうして……なんでよ……なんで、そんなことするの……」
エレカは両腕で自分の身体を抱きすくめる。その様子にリズカードの胸は締め付けられる。彼女はまさに、命を脅かされているミクシアンのひとりなのだ。本当はこのことを知るべきではなかったのに、リズカードと一緒にいたから、知るはめになってしまった──。
「……理由はわからない。わからないが二百年とはそれだけの期間だ。だから、これは俺が責任を取らなければならない事件なんだと思う」
「リズカードさん……」
「エレカ、約束する。俺はそのプロジェクトを阻止する。絶対に──この身がどうなろうと」
リズカードは言った。それで少しでもエレカの恐怖心が和らいでほしいと願って。
「……はい」
対する、エレカの返事は弱々しく表情は虚ろだ。その心情を汲み尽くすことは、とてもできなかった。
やがて、穀倉地帯を抜けたタクシーは、エクソスの雑多な風景の中へと突入する。ほぼミクシアンのみが暮らす、この時代で目覚めて最初に踏み入れた土地。
リズカードに服を恵んでくれた彼らは今、一体、どうしているだろうか。
……彼らの恩に報いるためにも、リズカードはネナに会ってこの愚かなプロジェクトを止めなければならない。そのために取るべき次の行動は──。
「……ヤグ・トルネ=ライゴーと接触しよう。きっと彼女からネナに繋がるはずだ」
リズカードは言った。エレカは何も答えず、ただ俯いているばかりだった。




