第二章 14 エレカ・ヤヒメ
「うっしゃーーーーーーーーーーーー!」
スワードの仕事から戻ってきたフーロが、帰って来るなり雄叫びを上げた。洗濯物を畳んでいたエレカはその勢いに驚いて、うっかり積み立てた洗濯物タワーを崩してしまう。
「あ、あああ……び、びっくりした……」
「ごめんごめん! でも、エレカちゃん! もうそんなことしなくていいんだよ!」
「えっ……」
「さっきスナウ経由で連絡が来て、リズ様がノイスを『発見』したってエンケットに伝えたんだって! あたしたち、こんなビンボー生活から脱出だーっ!」
フーロはエレカの手をとって立たせると、陽気にぴょんぴょんと踊り出す。その報告にさすがのエレカも舞い上がってしまった。
「ほ、ほんとに! すごい……!」
「やったやったー! これで会社もでっかくできて、あたしの夢もスーパー前進だ!」
「会社をでっかく……ってことは、この事務所も引っ越すの?」
エレカは期待を込めて訊ねる。どう見積もっても六人も入れば手狭になるような場所で、今も喜びの舞だって、机や椅子にぶつからないように控えめにやっているのだ。エレカとしてはもっと広いところへ移れるのが一番嬉しい。
「んーん、ここはそのまま使い続けるよ! 物理カギもつけちゃったしね」
しかし、フーロがそう言うので、エレカは思わず静止してしまう。
「そうなの? でも、流石に手狭すぎるんじゃ……」
「ううん、ここは本部にするから狭くていいの」
「本部?」
エレカが首を傾げると、フーロは「そっそ!」と言いながら、くるりと回ってみせる。
「実はあたしさ、飲食経営やりたいんだよね。あたしとかエレカちゃんみたいな、ストラトに出てきた『彷徨えるミクシアン』の子が安心して入れる安くておいしいお店。将来、引退したパパとママにも手伝ってもらって、エクソスの味を出すんだ。どう? 素敵じゃない?」
「そ、そんなこと考えてたんだ……」
エレカはその構想に胸を打たれた。今いるミクロアでも外食のハードルは割と高く、マザーラの廃棄品を寄せ集めたような格安コースに頼り切りだ。そういうお店があるだけで、助かる若いミクシアンはいくらでもいる。
「そしたら、エレカちゃんは一号店の看板娘だね! うひーっ! 想像したら興奮してきた。早く給仕姿が見たいわ〜」
いつものフーロらしい言葉だったが、エレカはふと一抹の不安を覚えてしまった。
「でも、私、オルガンっぽい見た目だけど大丈夫かな……」
「大丈夫、大丈夫っ、ミクシアンはソウルで繋がってるんだから」
フーロは笑顔でそう言ってくれるが、ダルタインの血が流れているかも知れない、という思いがいつも頭の片隅にあるエレカは、どこか落ち着かない気がしてしまう。結局、ミクシアが体内に流れている以上、ミクシアンであることに変わりはないのに。
この引っかかりは、例えば本人に認知されたりでもすれば、解消されるのだろうか。それとも、一生このままなのだろうか? そんな疑問がじくじくと心に沁みてくる。
「まあ……そこまでいくには、まだまだ頑張んなくちゃなんだけどな!」
エレカがそんな風に考え詰めていると、フーロは気合いを入れるように呟いて自分のデスクに戻っていった。
フーロの体温が傍らから消えて、エレカははっとする。せっかくフーロが描く夢の風景に自分を混ぜてくれたのに、素直に喜べなかったことを寂しく感じてしまった。
「……うわっ、やばいな」
ふと、フーロが声を上げたので目を向けると、テレビがコート西の中央ゲートを映し出していた。そこには大量のミクシアンが押し寄せて、トロポスに入り込もうとしている。ミクシアン団体の「エクスワード」が台頭し、「関係調整法」の露骨なミクシアン差別に関する広報活動を開始してから、抗議活動に参加する人数は指数的に増えていた。
怒り、怒り、怒りだ──エレカはその光景に、かつて自分たちで捕らえたキースの怒りに歪んだ表情を思い出した。
「みんな血走ってるなー。リズ様、帰って来られるかな」
心配そうに呟くフーロは、あまり興味がなさそうに見えるが──そんな彼女も「関係調整法」の中で、定年がミクシアンだけ七十歳に引き上げられると知ったら、どう思うのだろうか。
エレカはネット上のエクスワードの広報に触れて、そうと知ってしまっていた。ミクシアンはミクシアの働きで健康なのでオルガンより長く働ける、という理屈だ。そんなことになったら、フーロの両親にストラトで余生を過ごす余裕はどれほどあるんだろう──。
「平気だよ、きっと」
それでも、エレカはそう言うしかなかった。
知らない方がいいこともある。知って、ただ怒りに身を任せるしかないのなら……。




