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第二章 13 リズカード・オーウェン

 スウィズ宅を出たリズカードは、そのまま昨日と同じルートでノイスのもとへと向かった。電波暗室ではスナウが通信できず、何も考えられなくなるということでポケットにしまい、軟禁部屋の認証機に『リズカード』のIDをかざす。認証機は壊れっぱなしなので全く関係ないIDでもドアは開いた。

 敷居をまたぐとノイスがすっ飛んできて、リズカードの顔を見るやガッツポーズした。


「よし! リズカード君か! 一日で調査を済ませて来るとは、やはり私の目に狂いはなかったみたいだな」

「まだ何も言ってないんだが」

「いちいち言葉にするような関係でもないだろう。君が何者かも含めてな」


 ノイスは意味深に言うと手振りでソファに座るように促してくる。その態度にリズカードは緩んだ心のネジが巻き直されるような感じがした。この男は彼を本物の賢迅だと察しているのだろうか。だとすれば、リズカードが出会ってきたどんな人物よりも豪傑だと言える。


「──トルネはクインティト大動脈に新たなケーブルを敷設していた。ジンク・ウェブだ」


 ノイスと向き合って腰を下ろすと、すぐにリズカードは切り出した。またここへ来る道中、改めて確認したが、確かに新たに敷設されたらしい剥き出しの金属線は、過去にリズカードが敷設したジンク・ウェブで間違いなかった。

 そう報告すると、ノイスは怪訝そうに片眉を持ち上げる。


「ジンク・ウェブ? それは中世の水道網のことだろう」


 リズカードは目を細めた。ノイスはジンク・ウェブの本来の用途を知らない。やはり、それが現代の常識なのだ。何故、トルネ=ライゴーがその正体を掴んでいたのか、謎が残る。


「いや、ジンク・ウェブはもともと中世において活発だった魔法技術の一種だ」


 リズカードは修正から入ると、スウィズ宅で聞き込んできたことをノイスに全て伝える。

 ノイスは後半から足を大開き、背もたれに斜めに寝転んで聞いていたが、あらかた説明が済むと姿勢を戻して、大きく息を吐いた。


「ふん、おおむねわかった。だが、その魔法網だとかファンタジーなもんを使って何をしようとしているのか、それが一番知りたいところだ。肝心なところが抜けているぞ」

「スウィズ本人が失踪中だからな」

「はっ、どうせなら別の奴を遣っておくんだった」


 ノイスは悔しそうに言う。自分がその立場に追い込んだことには、何の痛痒も覚えていないらしい。時が中世なら、リズカードと敵対しているような悪徳権力者だが──この時代にあって何者でもないリズカードには、その力に頼らざるを得ない段階だった。


「それでリズカード君、どうしてそんな歯抜けの情報を掴んだだけで戻ってきたんだ?」


 ノイスは不満そうな様子を隠さずに言う。


「あんたが決断するには、これだけで十分だと思ったからだ」

「なに?」

「あんたが知りたいのは、『オルガンとミクシアンの区別を無意味化する』プロジェクトで、儲けられるか、そうでないかだ。俺の情報収集で何かうまそうなところがあれば、内部告発中止の交渉の中で資金提供でも持ちかけて、関係者として食い込むつもりでいたんだろう」


 リズカードが指摘すると、ノイスはニカッと笑みを浮かべてみせる。


「はん、バレてたか」

「あんたの性格を考えればわかる。だから、仮に……例えば、ミクシアを遠隔でコントロールして、ミクシアンの精神を傀儡にするようなインフラ技術なら、あんたは出資していただろう」

「ああ、まさに! 夢のような技術だな」

「しかし、実態は違った。魔法の廃れた世界にジンク・ウェブは必要なく、どう足掻いても利益が出るとは思えない」

「つまり、リズカード君が言いたいのは……俺が感じた儲けの甘い香りは錯覚だったと?」


 ノイスの挑戦的な眼差しを、リズカードは真っ向から見返す。


「あんたはこの設備から何か、金を稼ぐ方法を思いつくか?」


 すると、ノイスは掴んでいた何かを離すように両掌をぱっと開いて見せた。


「そんな時間はない。残念だが今日でこの部屋もお別れだな。しかし、ヤグ・ライゴーか──あいつ、一体何を考えている?」

「知り合いなのか?」


 含むところを感じてリズカードが訊ねると、ノイスは顎に親指をあててうなずく。


「ああ、一応、大学の同窓生でな。一言で言えば過激なアンチミクシアンで、異常なまでにミクシアンを憎悪している。境壁を運用する警備会社を買収して、徹底的にミクシアンを排除しようと思うくらいにはな」


 ノイスを行方不明にした時、ゲートの記録を改竄できたのはそこで繋がっていたからか。


「だとすると、昨今の抗議行動は相当頭が痛いんじゃないか」

「どうだかな。嬉々として連中が拘束されるさまを眺めてると私は思うね」


 ノイスは皮肉に言う。リズカードにはヤグのその嗜虐的な心理がわからなかった。


「ライゴーにとって、ミクシアンは取るに足らないような存在なんだろう。どうしてそこまでミクシアンを憎むことができる?」

「それは取るに足らない存在にしっぺ返しを喰らったからさ」

「しっぺ返し?」

「ああ。元々、ヤグが属するトルネ=ライゴーはクインティトの港を全て独占していて、外国との輸出入品ほとんどに息をかけていた。だが、あるミクシアンの事業家グループが、海沿いのエクソスやストラトにある倉庫を活用して、独自の仕入れルートを開通した。安価な輸入品の主な買い手だったミクシアンはそちらに流れ、トルネは大損失を被った」

「トルネからすればミクシアンのせいで不当な不利益を被っている、と……だが、市場原理でいえば独占状態が不当なのであって、逆恨みでしかないだろう」

「そんな正論が通じるなら、こんな街のデザインにはなってない、わかるだろ? 実際、トルネはかなりの嫌がらせ工作をしたようなんだが、叩けば叩くほど団結するのがミクシアンだ。地下組織のスワードなんかも抱き込んで商売を軌道に乗せて、そのままストラトやエクソスの港湾部からトルネを追い出しちまった。そんなのライゴーにとっては恥そのものでしかない。その当時、ヤグはまだ幼かったが、敗北の屈辱はうぶな心に相当のダメージを与えたみたいだ」

「その反動で今は、オルガン優生を声高に唱えていると」

「そうさ、今では極まって、オルガンには女神がついているとか主張してる。チャンスがあったら話してみな、なかなか面白いぜ」


 そう言うノイスの表情は実に性格が悪く見える。この男に神はあまり必要なさそうだった。


「で……あんたは実質、そのヤグに軟禁されてるんじゃないのか」


 皮肉もこめてリズカードが言うと、ノイスは忘れていたように膝を叩いた。


「そうだった。ということは、私の感じた甘い香りは女神の芳香だったわけだな」

「めげないな」


 その負けを認めないような態度にリズカードは呆れるばかりだった。

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