6話
「信じられませんわ、そんなこと。ルイーズさんもヴィクトール様も恥ずかしがって嘘を言っているんでしょう?私は騙されませんわよ」
「いえ本当なんですよ。私もこいつもお互い第一印象は最悪でしばらくは毛嫌いしてたんですよ、ねえヴィクトール」
「はい、俺は初対面でこいつに泣かされ、婚約すると決まった時にひきつけを起こすくらい嫌でした」
カトリーヌ様がジョゼットを引き連れて私達の馴れ初めを聞いてくるから語ることにしたのだが、即ツッコミが入ってしまった。
「そんな、ヴィクトール様がルイーズを大嫌いなんて口にするだなんて!信じられないわ、分かるように説明して!?」
ジョゼットもすっかり乗り気になってしまい、いよいよ収集がつかなくなってきた。こんな無駄話さっさと切り上げさせてくれよ、夜が明けるぞ。
「紳士、淑女の皆々様方、ご歓談されるのは大いに結構なのですがそろそろ本題の婚姻の儀に入らせていただいても宜しいですかな?このピエール寄る年波には中々抗いがたく、襲い来る睡魔に今にも敗北しそうなものですので」
流石のピエール、見事な軌道修正。
「それでは早速、ヴィクトール・アルマン・シャルル・モーリス・ド・リシュリュー。ルイーズ・ジャンヌ・ド・デュ・スールト。汝等はその健やかなるときも病める時も、互いに愛し、敬い、慰め、助け、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
うん?何言いだしてんだコイツ?
「「待て待て待ってくれ!早いってピエール!?」」
「宜しい、誓いは今ここに交わされました。立会人、異議申し立てはありますか」
「「だから待てって!ていうか何も言って「ありません。オルレアン家のカトリーヌは両名の婚姻が神の御名において為されたことをここに証します。」カトリーヌ様ぁああああ!!?!」」
「では、これを以て神聖なる婚姻は為されました。我が主、そして奥様おめでとうございます。」
「終わり!?嘘でしょ、こんなムードもへったくれも無いなんてある!!?というか私もう人妻!!?!」
「待ってくれって!まだ独身サヨナラパーティーも何もしてないんだぞ!!」
「人生サヨナラさせてやろうか、このクソボケが!!?!そんなもんできる身分だと思ってんのか、えぇ!?!?」
「はっはっは、仲睦まじいようで何よりです。では、我々は後処理に戻らねばならないのでこれにて失礼致します。本当ならば御二人にも今すぐ加わって頂きたい程手が足りないのですが、初夜も無しだなんて無体な真似は致しません。どうぞ御二人の時間をお過ごしくださいませ」
「ハイ、ありがとうございます。御心遣いに感謝致します」
「ありがとうございます。明日から夫共々粉骨砕身全力を尽くす所存ですので、何卒御指導御鞭撻の程宜しく御願い致します」
「勿体無き御言葉でございます。それではどうか悔い無きようお過ごしくださいませ。縁起でもないことですが、今宵が夫婦で過ごす最後の夜なんてこともありえますので」
そう言い捨てたピエール達が退出したと同時に私達はへたり込んだ。
「疲れた。ったく、あれだけ脅されて満喫できるわけねえだろうがよ」
「ねえ、カトリーヌ様の資料で何となくは私にも分かったけど、そんなにヤバいの?」
「激ヤバだよ。真面目に内乱の危機だ」
柄に合わず真面目な顔してるってことは本当か。
「ここ何年か続いてた不作の影響がいよいよヤバくなってきた。今年の冬は下手したら地方で餓死者が大勢出るかもしれん」
ガレリアはここ何年か冷夏が続き、作物の収穫が悪い。今年までは各領主や国の対策で何とか持たせていたが、限界の様だ。
「そんで、この一大事を政争の具にしてフィリップや有力な平民達は国の主導権を握ろうとしてる」
フィリップ様とカトリーヌ様の実家オルレアン家は王家に連なる超名門で、その領地も国内最大級とまさに名実共に兼ね備えた大貴族。それ故に王家からは距離を取られ続けていた。
一方平民についてだが、この国では貴族が政治を独占している。一部の平民の中には下手な貴族よりも有力な者がいて貴族に取り立てられることもある。つまりどれだけ力があっても「平民」では政治に参加できないのだ。
地方領主の娘である私の認識はこの程度なのだが、中央と関わりの深いリシュリュー家はもっと深い所まで調べがついているらしい。
ヴィクトール曰く、この力はあるが望み通りにならない両者は突破口を開く為、日々接触を繰り返していたらしい。
「といっても深く結びついてるわけじゃない。お互い目的のために利用する、用が済んだらお払い箱みたいな感じだ」
「そして俺はコイツらにのさばられると非常に困る。連中が物申す大義名分は女に目が眩んでやらかしたボンクラ王太子で、俺はその取り巻きという認識だ。どっちが勝っても旧体制の粛清は絶対に行われる。エライ目に合わされること間違いなしだ」
深刻な感じでヴィクトールは語るがそういう陰謀とかはてんで分からない私。
もっとこうせーので全員で殴りあって最後に立ってた方の勝ちくらいわかりやすけりゃいいのにと思いつつ相槌は打つ。
「もしかしたらフィリップなり、平民共が上に就いた方がガレリアの為になるのかもしれんがそんなことはどうでもいい、最優先は俺と身の回りだ。何が何でもコイツらを叩き潰して今の王家を担ぐ」
深刻を通り越して悪党みたいな顔をするヴィクトール。見たことの無い顔をする長い連れ合いに何となく恐怖を抱く。こんなことをコイツに感じるのは初めての事だ。
「さすがにシャルル殿下は再起不能、そして残る王子はグザヴィエ、オーギュストの二人。長幼の序から言えばグザヴィエだが、あんなクソボケ担いだ時点で国中燃え上がる」
第二王子のグザヴィエ殿下。非常に上昇志向にあふれる自信家であらせられるお方だ。決して、決して無能な訳ではないが、本人が思ってるほどの人物ではない。またガレリア王家こそが至尊であるという思想をお持ちの方で力ある平民はもちろん王家を脅かしかねない大貴族までも敵視している。とどのつまり自分が一番でないと気が済まない困ったボンボンだ。
他にも常にエラソーで周りの取り巻き連中以外に人気がないってこともあるが、擁立できない最大の理由はカトリーヌ様との仲が最悪だからだろうな。
国一番の大貴族オルレアン家の才気あふれるの御令嬢、グザヴィエ殿下の大嫌いなもの詰め合わせみたいな感じ。何より悲しいのはカトリーヌ様にはてんで相手されていない、完全な独り相撲なことだ。
まあ、グザヴィエ殿下は難ありとしてだ。となると第三王子オーギュスト殿下に目が向くのだが、オーギュスト殿下は確か。
「ねえ、オーギュスト殿下って確かまだ……」
「ああ、物心付くか付かないかって年頃だ」
そうだ、オーギュスト殿下はまだほんの子供。そんな子供を醜い大人の都合で振り回すなんてと貴族のくせに、仮にもほんの一部といえどガレリアの土地と民を統べるスールト家の人間のくせに甘っちょろい考えを私はよぎらせた。
時として人を人とも扱わないのが政治とはいえ私はそこまで割り切れない。
何となくそんな気持ちを抱えていたままでいたくなくて、私よりもなお甘っちょろいヴィクトールに目を向けるのだが。
「だからこそ都合がいい。小さいころから教え込めば、さぞかし良い子になるだろう。そうすりゃこっちが思うように色々できる。大人になる頃はちと分からんが、そこはとりあえず酒と女を若い頃からあてがっておけばまあ……」
コイツは誰だ?
分かってるさっき結婚した私の夫、ヴィクトールだ。別に元々品行方正な人間ではなかった。悪事と言われるようなことも時にはしてきたチンケな小悪党ではあった。
だが、断じてこんな後ろ暗いことを何でもないような風に話す奴じゃなかった。何度か王宮に行った際に感じた宮廷に巣食う魑魅魍魎共と同じ気配をさせるような奴じゃなかった。
「ヴィクトール、アンタ……」
「何だ?どうしたルイーズ」
言葉が出てこない。
向き合うヴィクトールは今までと何ら変わらないヴィクトールだ。先程までの暗い雰囲気など感じさせない。ただの私の思い違いなのか、それとも私程度の目を欺くのは奴には他愛ない事なのか。
コイツに対して言葉が出ないなんてこと初めてだ、言葉に詰まった私はつい耳に入った夜中だというのに騒がしい王都について口にする。
「アンタ、外の騒ぎ気にならない?」
「ああまあ確かにうるせえけど、この時期はこんなもんだろ。学園の卒業式と言いつつほとんど祭りみたいな感じになるし」
「いや、うるさ過ぎよ。それに何か街が所々燃えてるような」
「はあ?はしゃぎ過ぎてボヤ起こしやがったのか?」
苦し紛れに振った話しが思わぬ程に膨らみ、二人して窓から見える王都を眺めていると急に扉が開きピエールが入ってくる。
「はあ、良かった。まだおっぱじめていませんでしたか。一大事で御座います我が主」
ヴィクトールは肩で息をしながら告げるピエールへ、そしてやけに騒がしい外に目をやり、重々しく口を開く。
「暴動か?今回の王家の醜態で暴動が起きたのか!?」
「いえ、これは暴動ではありません」
「じゃあ、あれは何だ!?外の騒ぎは!?あちこちから上がってる火の手は!?!」
そう言いながらヴィクトールは窓の外、今はもうはっきりと聞こえる人々の怒号と夜の闇を赤く照らす無数の火の手を指さしながらピエールに詰め寄る。
「どちらの勢力かは分かりませんが、王都の民衆に騒擾を起させ矛先を王家へと向かわせた模様。」
「我が主、これは革命で御座います。」




